第16話 安心と不安
仕事終わりの楽しみが、その日一日を支えることもあるとY子さんはしみじみ思った。
多くの人のように、お酒がそれほど好きではないからかもしれない。
彼女は、海外に行った先輩のように熱中できる趣味も見つけられていないから、どうしても仕事の行き帰りだけになってしまっていた。
「今日は誰もいないかしら、まあ、いたらいたで良いけれど」
だが、調べてもネットに占い師の彼女のことはまだ載ってはいない。昨日の男性がもしかしたらと考えたが、そういえば、簡単にネット上に情報をあげるような感じの人でも無かった。
「そうか・・・私が助けられたんだから、私があげた方が良いのかしら。でも・・・」
何故かそれは心がブレーキをかけていた。千円の事で念を押されたためもあるが
「彼女は当たります! 」という簡単過ぎるが重たい言葉を、そうそう言っても書いても良いものでは無いとY子さんには思えた。
ライオンの前にやって来て、お店の前でしばらく立っていたが、誰も入って行きそうにないのでY子さんは三回目のノックをした。
「どうぞ! 」
今度の声は明るく可愛いものだった。
真反対な顔をしてY子さんが入ると
「コスプレ・・・」と思わず言葉が漏れてしまった。
似合わなくはない、彼女は可愛いのだから。
緑色のショートヘアーのカツラも、アイドル風の衣装も、メークはそれほど濃くは無かったから、男性なら「イチコロ」にさえなりそうだ。
「こんにちは、今日も来て下さったんですね! 」
かなりクオリティーの高いメイドカフェのように占い師は言ったが
Y子さんは無表情に千円を出した。
「どうもありがとうございます! どうぞお座りください! 」
だが一つY子さんがわかったことは、この前の和服のホステス風よりも、装った感がなく、むしろエネルギーを感じたので、本来はこちらに近い人なのだろうということだった。
「そう・・・か・・・やっぱり泥棒がいたか」
だが始まると、占い師らしい上からの言動にもどり、衣装とのギャップが面白いまでに極端だった。
「これから先はしばらく事も無く過ぎるだろう、大きな変化はないはずだ」
「そうですか、でも本当にありがとうございました、助かりました。
あの・・・昨日男の人が来ませんでしたか? 」
「ああ、来た。ここに案内してくれた感じの良い女性が「良い」と言っていたから、安心してここに来たと言っていたが」
「感じの良いですか・・・・」
「やっぱり、お前か・・・」
「ええ・・・それってどうなんでしょう、良いことなんでしょうか。女として特に魅力が無いのでしょうか」
「良いことに決まっている、見た目も大事だ。中身ももちろんだが。道を聞かれると言うことは、「この人は親切な人だろうから、丁寧に教えてくれそうだ」と相手が思っていることだ、良い感情だ。そういう小さな親切を続けて行くことは案外難しい。だが、その事を積み重ねることが人を作っていく、大きな不幸をはねのける、例え一時的な不幸に見舞われても、赤の他人が助けてくれたりする。そのことが原動力になり、やがて状況は好転していく。そのための幸福の貯金のようなことはしておくことだ。
だが自分の事だけ、楽をすること、利益になる事しか考えない人間はやがて「不」のループに陥る。そしてそこから抜け出すことが出来なくなる。目をそらした所で、大きな不幸が急に訪れ、誰も助けてはくれない。友と思った人間も離れていく、最悪家族も、それが人の世だ。
だから古から「善行を積め」「情けは人のためならず」というのだ、わかるか? 」
「わかりました」
自分の年と変わらない人から言われると、またすごいと思えた。
「とにかく、今のお前は中身と心が一致した感じでとても良い。そのままを保つことだ。良い縁はやがてやってくるだろう」
「どうもありがとうございます・・・」
Y子さんは時間だろうと立ち上がったが、「あ」と占い師から声が漏れた。
「何か、ありますか? 」
「いや・・・別に・・・それでは・・・」
何かを言いたげだとは思ったが、Y子さんは家に帰った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます