第10話 親類のおばさん
「さあ、今日は私しかいないの、気にしないで入って」
とY子さんは彼を家に入れた。
慣れた感じでお風呂の自動給湯装置と、暖房のスイッチを押した。
さすがに冬の誰もいない部屋は寒く思えたのか、彼は部屋にぼおっとした感じで突っ立ったままだった。
「座って待っていて、すぐにお風呂が沸くから」
Y子さんは言ったが、彼が「ためらっている」のがわかった。つまり地べたに座った衣類で、赤の他人の家のソファーに座るのは、と考えているのだろう。見た感じ、非常識なものは感じられなかったし、目も濁ってはいなかった。
「兄の着替えがあるの、それに着替えるといいわ」
「お兄さん・・・」
彼がぽつりと言ったのに、Y子さんはちょっと微妙な感情が生まれたが、
「兄は結婚して子供もいるの。遠方だからしばらく会っていないけれど」
そう話していると、部屋にお風呂が沸いた音が聞こえたので、
「先にお風呂にどうぞ、入っている間に着替えを用意しておくから」
「ありがとう・・・すごく・・・テキパキしているんだね・・・」
「あ・・・ごめんなさい・・・バタバタした感じで」
冬の一日を外に座ったまま過ごす程の精神状態の人に、自分の今の動きは逆に冷徹で機械的に思えたのかもしれない。
「実は叔母が小さな料亭に嫁いでいてね、その姿を小さい頃から見ていたからと思うの、今は大女将よ。
食事は・・・私が作った物で良いかしら」
「ありがとう・・・・・じゃあ、お風呂良いかな・・・」
「ええ、どうぞ、ごゆっくり」
彼は本当にゆっくりとお風呂につかっていた。炊飯器の早炊き機能で、家にご飯の炊ける匂いに満たされる頃、お風呂場の扉が開く音が台所にも聞こえた。
タオルを首に掛けて部屋に入ってきた姿は、同じ服を着ていた兄に比べると少し華奢に見えたが、数日の気苦労で、減量しているボクサーのようにも見えた。
「ドライヤーを使っても良かったのに」
「ありがとう・・・でも・・・すごく良い匂いがしたから」
少し恥ずかしそうに微笑んだ彼は、良い意味で一般的な「好青年」であった。
「食べましょ、普通のご飯で大丈夫かしら? おかゆとかの方が良いかしら? 」
「そんなに食べていないわけじゃないから大丈夫だよ」
「そっか、パン食べていたものね」
「誰かが置いてくれたんだ、飲み物も」
「そう・・・・・・」
彼に差し入れをしてあげた人たちこそが、本当に「親切な人」で、この国もまだまだ捨てたものではないと、Y子さんは思った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます