第9話 義務
「久々にお祝いでもしようかしら、今日は一人だから」
両親はコロナ後の小旅行だった。退院した知り合いの見舞いかたがたなので、数日は一人きりだ。
「外食よりも、一人でちょっといい食材を買って、ただ焼くとかで良いわ。ああ、何だか幸せな気分、やっと孤軍奮闘から抜け出せた! 」だが嬉しさの興奮後に、一気に今までの疲れが来た様な気もした。
Y子さんが駅に着き、家路へと急ごうとすると、朝と全く同じように人の流れが、大きな石でもあるように不自然であった。
「まさか・・・」と彼女は流れを横断して、朝よりも強いLEDの光が、同じ服、同じ男を見世物のように照らしていた。
「朝からずっとそのままいるの? 」
暖冬気味とは言え、これから夜になるのに、このままでは最悪死んでしまうかもしれない。
「でも、あ! 忘れてた! 」
まるで電車の中にバックを置いてきたような彼女の声に、周りの人は少しクスリと笑ったが、朝と同じ男はうなだれたまま、手元にペットボトルのジュースと、小さな、いかにもパンが入っていたようなビニールに囲まれている。
Y子さんは今日の事で、あの占い師の忠告がほとんど消えてしまっていたのに気が付いたのだった。
「朝から晩までの男、その男に優しく・・・」
と言うことはつまり「この人を温かな所に連れて行って、食事などの世話をしてあげる事」であろうが、なかなか若い女性にしては危険な行為である。しかも年齢的にも一番怖い。
「でも・・・安全な男って・・・そんな人いるわけないじゃない! 」
会社で感じた久々の幸運故に、逆に目の前の事はあまりに不快に感じた。あのライオンの前で尻込みしたのとは違い、振り払うようにすっと帰ろうかと思ったら、顔をほとんど上げない男から声が発せられた。
「どうして・・・ひどい・・・裏切って・・・○○○○!! 」
最後の部分は名前だったが、その名前は明らかに
「男性名」だった。
「なるほど、安全な訳だ」
このときは占いが当たった事よりも、まずは自分の心配事が無くなったことにほっとした。
そしてその直後、Y子さんは自分を深く反省した。会社でのことも、あの占い師のおかげといえばそうなのだからと。
子供の時、捨て猫を家に持って帰る事しかしなかった自分が、
同じように捨てられたのか、占い師の言葉に従い、傷心の男性を連れて帰ることにした。
「大丈夫? 歩ける? とにかくこのままだと命が危険だから、温かいところにいきましょう」
うつろな目のままY子さんを見て、案外素直にゾンビのように立ち上がった。でも満足に食べていないためだろう、足下がふらついていたので、近いが二人でタクシーに乗った。
ちょっぴり豪華な夕食は、タクシー代になってしまった。
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