第2話  続けること

 

  人通りの少ない商店街で、この失礼な程の言葉は、逆に活気とやる気とを感じさせたのかもしれないと、Y子さんは思った。

それこそが、この店がコロナ前から続いている理由であるだろうと納得して、もう一度看板を見ると、縦書きの文字列の横に、以前は無かった言葉が書き加えてあった。


「一回一万円」


その部分だけは、手書きの上、最後に余計な物があった。

「♡マーク・・・・しかも女の子っぽい文字」

上から目線過ぎる言葉で通してくれた方が、むしろ一貫性があって良いとため息をつき、彼女は家に帰った。



「変わり者のあの人がまたね・・・」

自宅通勤の良いところも悪いところも彼女は痛感しているが、家に帰って、母の、同じ人の同じ悪口はもう聞き飽きている。本当は遠方に転勤できる幸運は、コロナで無期延期となってしまった。

 しかも今年自分の下に入ってきた女の子は、容姿端麗ではあるけれど、仕事の面は、と苦労だらけの毎日になってしまっていた。男性上司に報告しても、特に叱責をするわけでも無く、まるで

「可愛い子を、ベテランがいじめている」という風な事を逆に言われてしまった。


 だがコロナ中はまだ良かった。何故なら自分が信頼し、仲も良かった既婚者の先輩がいたからだ。

 中学の時に始めたバイオリンをずっとやっている様な人で、コンサートにも行ったことがある。だが、コロナの収束とともに、彼女の夫の海外赴任が決まり、職場を去ってしまった。


「大丈夫よ、もっとあなたは自信を持って良いわ、結婚したいんでしょ? きっといい人に出会えるはずよ」


と言ってはくれたが、男性同僚からは


「Y子さんって、男気がありますよね」


との褒め言葉。いわゆる「女子力がない」と思われているからかもしれない。でも実はお弁当は自分で作っているので、言われるほどひどくは無いと彼女自身は思っている。が、いかんせん、結果が結果、今まで付き合った男性は、世界中で一人も存在してしない。


 お風呂も、夕食も用意されている幸福感は感じているが、彼女の仕事も「リモート部分」が今後増やされて行く事を考えると、ストレスが倍増することは明らかだった。

 Y子さんは高校生の時のように、はねるようにベッドに体を横たえた。


「仕事・・・変えようかな・・・でも・・・今求人も少ないし、一般的な事務業だから、私と同じくらいの人で、首になっている人がたくさんいるだろうな」


親の愚痴と同じかと思い、別のことを考えようと、先輩との楽しかった会話を思い出した。



「五万円! 一回プロのバイオリニストにアドバイスを受けるだけで、ですか? 」

「相場がそうらしいのよ。主人も良いって言ってくれたから」


そして後日詳細を聞いた。


「レの音が低いって言われたの。びっくりしちゃった、言われたことがないから。市民オーケストラの一人の音じゃ指揮者もわからないものね」

「じゃあ五万円分はあったって事ですか? 」

「ええ、それ以上はさすがに払いたくは無いけれど、正直思った、

やっぱりプロってすごいわ、違うわ」


「プロ・・・ね・・・」

呼び込みのプロ、楽器のプロ、そして何故だか彼女の頭に浮かんだのは


「あの占い師のところ・・・行ってみようかな・・・」


 思いつきが功を奏することは、人生には、ままあることであった。




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