第二十八章 因縁果報(4)

 

 

「とはいえ、局長には特に会津へ仇を為すような気配もありませんし、何分大所帯となっておりますので」

 ただ、と伊織は続ける。

「一つよろしいでしょうか」

「うむ、何だ?」

 顔色が変わったことに勘付いたか、梶原もぴくりと眉を上げる。

「先日、会津からの紹介で入隊した者が一名おります」

「ぁあー……、うん。いたな」

 梶原はそろりと伊織の顔から視線を逸らし、心なしか気まずそうな面持ちで頷いた。

(これは知ってるな……)

 深く突っ込まれるのを警戒しているように見えてしまう。

「あれ何とかなりませんか」

「んー…………。ん、ならんな! 考えてもみろ、何とかなったら態々新選組に預けたりせんだろう」

「!? ちょ、梶原さん開き直るの早っ!」

「だぁって、仕方ないだろう? 面倒臭いんだぞ、ああいうの。その点、近藤なら佐久間象山の名でコロッとなっちゃうだろうし、本人も仇討ちがぁーって言ってるし、ちょうど良いかなって」

 流石は梶原。大目付のその目と実力は紛い物ではなかったようだ。

「良くないですよ、いや仰る通り局長的には気に入ってるんでしょうけど、他の隊士からは総スカンですよ!?」

 かく言う伊織もあれは頂けない。

 仇討ちとか大層なことをかしてはいるが、そんなものは格好だけだろう。

 威勢が良いのは自らが安全地帯にいる間だけだ。

 だからこそ父親の名を使い、局長である近藤に取り入ろうと画策するのである。

「そもそもあの人、本当に仇討をする気があるんでしょうか?」

「えぇ? 本人がそう言ってただろう?」

 一応は、そうだ。

 だが、佐久間象山を斬ったのは、かの有名な河上彦斎。

 幕末の人斬りとして後世にまでその名を遺す、ちょっと危険そうな人物だ。

 伊織の知る限り、三浦は終ぞ仇を討つことなく河上は斬首されることとなる。

 無論、河上の斬首は今から随分と先のことになるのだが、三浦は河上の命を狙っているというだけで、具体的に仇を討つべく行動するようになるのかは少々疑問だった。

「佐久間象山を斬った男、結構サクサクと人を斬り捨てる人物のようですし、対峙したところであのぼんぼんが勝てるとは思えないんですが」

「ああ……、まあ、あの者も一応は皆伝免許を持っているのだろう? それでなくとも、とりあえず父御を殺されているのは事実であるし、本人の前で言ってやるでないぞ……?」

 梶原は苦笑しつつも、伊織を窘めにかかる。

「まあ下手人がどのような人物かよくは知らぬが、お主は知っておるのか?」

「え、いえ。私も会ったことはありませんよ。ただ、話に伝え聞く限りでは女や子供には優しいらしいんですが、その反面、人を斬るのに全く躊躇がないとも──それはもう、野菜を収穫するのと同じように」

 とは、後々かの勝海舟が語り残したらしい河上彦斎紹介の要約である。

「それは……恐ろしい奴だな」

「でしょう?」

「相当の手練れでなくば返り討ちだろうな」

 と、梶原は閉口するが、相当な手練れであっても難易度の高い相手であろう。

「時に、佐久間家ってどうなってるんですか? 正直、適当に松代へ追い返せって土方さんも言ってるんですよ」


 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る