第二十八章 因縁果報(3)

 

 ***

 

 梶原との面会は、本当についでだ。

 出掛けに斎藤から言い付けられなければ、態々目通ることはなかっただろう。

 任せられる内容なら、堂々会津の本陣に出入り出来る伊織に任せてしまう方が斎藤にとっても都合が良いだけのことだ。

(そして楽だもんね……)

 当然、緊急の事や重大事になると斎藤自身が人目を誤魔化して本陣を訪れる。

 我ながら伝書鳩だなと思うが、こればかりは他の隊士に露見するわけにもいかない。

 万が一にも露見した場合は、斎藤に斬り捨てられるという恐ろしい事態になる。

 ぼんやり遂行するには危険な任務である。

 案内された部屋に入ると同時に、伊織は眉を顰めた。

「御無沙汰しておりま──、って、居ないんかい!!」

 そこに梶原の姿は無かった。

「おかしいですね、確かにこちらにいらっしゃると……」

 お次役を買ってくれた女中が、恐縮したように伊織の顔を窺う。

 彼女が悪いわけではないだろうに、申し訳無さそうに肩を竦めている。

「まあまあ、梶原さんも忙しいんでしょう。大丈夫ですよ、暫くこちらで待たせてもら──」

「おー! すまんすまん! 久しいなー、まだ生きておったかぁ!」

「いやちょっと、随分なご挨拶ですね!」

 正に今、急ぎ足で外廊下をこちらへ向かってくる梶原の姿が見えた。

 本陣内なので構わないのだろうが、全く人目を憚るつもりが無さそうである。

 もう大丈夫、と女中へ目配せると、伊織と梶原にそれぞれ一礼して下がって行った。

「ああ寒い寒い! 積もる話も多かろう、中で火にあたりながら聞いてやる」

 遅れてきたくせに、ぐいぐいと伊織の背を押して室内に入る。

 手前の部屋から更に襖を経て奥の間へ押し込まれた。

 一応の配慮なのか、人払いも既に済んでいるようだ。

 ぱたりと襖を閉めると、梶原は長火鉢の傍らに進み、伊織にもすぐ側を勧める。

「それで、今日はどうした?」

「いやぁ、既にご存知かとは思いますが、伊東甲子太郎なる者の一派が入隊致しました」

「ああ、先日そちらの局長殿もそのように報告を上げてきたな」

 うん、と頷いて梶原は先を促す。

「隊士も五十名ほど増え、かなりの大所帯になってきております。そのために局長もこちらへは増員の報告と、給金についても触れたかと。現時点で特別目立ったことはないものの、先日も局長の名で三橋楼へ加賀屋さんを呼び付けて、問屋筋に十五万両の献金を申し付けたようです」

 後半になるにつれ、伊織も襖の向こうや廊下の気配のないのを感じ取りつつ、声も極力抑えた。

「なんだ、またか」

「はい、またですね」

 いつもの事と言えばいつもの事だ。

 昔のように押掛けて散々の迷惑行為を働いて金を巻き上げていた頃とは異なるものの、その額はなかなかに膨れ上がっている。

「しかし十五万両とはなぁ……」

「莫大な金額ですよねぇ」

 戻ってからも近藤が方々へ出掛けて行っている様子であることは気付いていたが、献金申し付けの件は斎藤から聞かされるまで気が付かなかった。


 

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