第二十八章 因縁果報(2)

 

 

 第一印象はちょっと大丈夫かなと一抹の不安を感じたものだが、やはり会津の殿は穏やかで素敵な殿方だ。

「だからね、私も言って差し上げたわ。私は私なりの覚悟を決めておりますって」

 つんと顔を上げて胸を張る様子が、側室と言えど年相応の少女のそれであり、微笑ましく思う。

 無論、その内に秘める覚悟は凡そ現代の感覚では計り知れないものであろう。

「奥に入ったばかりの頃は、そりゃもう鬱陶しいことの連続で、辟易したものよ。やれしきたりだ、やれ作法だと、新しく覚えることもホントに多くて。奥での序列も頭に入れなきゃいけないし? そんなもん知らないわよ、どうでもいいじゃないの。ねえ?」

「えっ、いやその……」

 女ばかりの中にいると、女の悪い所も出やすくなる。

 名賀は矢継ぎ早に愚痴を溢し、あまつさえ伊織に同意を求めてきた。

「序列はいつの時代にも根深いですからね」

 同意してしまうとまずい気がする。

 少なくとも封建制度の序列社会の中では。

「伊織殿のところはどう? 男ばかりというのもむさ苦しいかしら」

 そう問われて、伊織は咄嗟に三浦の顔を浮かべた。

 男所帯もなかなかどうして、嫉妬や嫌味や嫌がらせのある場所だ。

 男も女もなく、人のあるところにはいずれにせよ厄介事も付き物なのかもしれない。

「新選組に限っては、殺伐としてるかもしれませんね。ただ、嫉妬や勘繰り、嫌がらせは男所帯にもございますよ」

 嘘ではない。

 聞くやいなや、名賀は盛大に苦々しい顔をする。

「そうなの? 嫌ぁねえ。男の嫉妬など、ケツの穴が小さい証拠よ」

(名賀様、言い方……)

 こうしたところも、きっと何度も叱られてきたのだろうな、と心密かに納得する。

「妬み嫉み、また貶めるのは、人の品位によるところです。老若男女関係なく、品の無い人間はいるということですね」

 なんとか失礼のないように言葉を選ぶが、結果当たり障りのない返答になってしまう。

 遠慮していることは、名賀も気が付いているだろう。

 部屋の隅に控える女中のほうへ目を向けるが、名賀の言葉遣いや振る舞いに口を挟むどころか、しっかり目と耳を塞いでいるような雰囲気だ。

 以前のように出奔されるよりましだと思っているのだろう。

「ところで、ねえ伊織殿?」

「はい」

 俄かに、名賀の声音が一段と落ち着く。

「あなたが向き合うべき相手とは、きちんと向き合えたのかしら」

 あ、と伊織が視線を上げると、小首を傾げて窺い見る名賀と視線が絡む。

「そうですね。私の場合は、これから先もその人の側で働き続けていくことが、向き合うことになり得るかと──」

「ふふ、そうね。あなたがそこまで言う相手ですもの、きっとそれに見合う芯のある方なのね」

 その様子から察するに、本当に腹を括ったらしい名賀もまた、満足げに見えた。

 

 ***

 

 

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