第18話 吸血鬼狂騒

 「二人は真面目なのだね。ここまでロールプレイの設定に忠実だとは。そうなると僕の役目は何になるのだろうか。さしずめ、悩める冒険者に助言を授ける賢者かな? よし! そうとなれば、賢者のコスプレ用にローブを購入しなくてはならないね!」


 そう言った明礬を、裕介とバルドは揃って冷たい目で眺めた。

 残像が見えそうな程に素早い動きでスマホを取り出し、ウキウキとネットショッピングを始める明礬から、皐月の方へ視線を動かす。


「コイツ、どこまで本気なんだ?」

「変態なんだって」


 『どうしようもない』と、皐月がバルドに向かって言った。

 明礬が本気でこれがロールプレイだと信じているのだとして、それでも真面目に考えてくれたのはありがたいことだと思う。ちょっと暑苦しいが。

 裕介とバルドだけでは、この縁の可能性など思い付かなかったし、きっと見当違いな行動ばかりをしていただろう。

 裕介の隣に座る、皐月を見遣る。

 協力者は必要、皐月の助言だ。日頃から明礬の事をよく知っていて、明礬の持つ知識にある一定の信頼をしていたのだろう。退魔の呪文の実験に付き合っていたらしいし。それは多分、この部屋の魔方陣の上だったのだと思うけど。

 バルドの能力である記憶操作を退けたと考えられる、明礬の退魔の実験。その明礬に引き合わせてくれた皐月。この二人は、きっと最高の協力者だ。


「ありがとう、皐月兄さん」


 『ん?』と言って、ドクロ型のカップからお茶を啜る皐月がこちらを見る。

 ドクロ型のカップが妙にリアルなせいで、この光景は少し怖い。もしかしたらそういうホラー要素を含むように作られたのかも知れないが、どこか脳みそを啜っているように見える……。

 皐月に向けて苦笑している裕介を他所に、明礬が何かを思い付いたように大袈裟に顔を上げた。


「そうだ、バルドくん! 君には吸血鬼に関して、深い見識があると窺える! 是非ともこの書物に関して、意見を聞かせてくれたまえ!」


 見識も何も。バルドは正真正銘の吸血鬼である……。

 明礬と話していると調子が狂うと、裕介とバルドは揃って、明礬が差し出した本を見た。その表紙を目に入れた瞬間、裕介もバルドも『ヒッ!』と言って息を呑む。

 美女を抱き抱えた吸血鬼。そのイメージは正にステレオタイプといった所だが、途轍もなく怖かった。口許は真っ赤な血で濡れ微笑むように弧を描き、瞳は見開かれギラギラと輝いている。周りは夜の闇を表しているのか黒塗りで、そこから浮かび上がるような吸血鬼は今にも飛び掛かってきそうだった。


 『ブチッ』と、何かが千切れる音が、隣から聞こえた。


「本物の俺に、こんな偽物を見せるなんざ、いい度胸だなぁ?」


 いや、違う。本物偽物は関係なく、バルドはただ怖かっただけだ。表紙のイラストが。

 バルドの本心を感じ取った裕介だったが、今はバルドの表情が怖かった。

 喧嘩腰のバルドが立ち上がると、間にあった紫色の足が体に当たったらしい。それにまた苛立ったバルドが、紫色の足を掴んだ。


「大体、何なんだコレは、さっきから! 目障りだ!」

「あ、引っ張らない方が――」


 皐月の制止は、またもや間に合わなかった。

 バルドが足を引っ張ると、スピーカーからは大音量のゾンビの呻き声が流れた。それと同時に、足が突き出ていた棚から、腐って爛れた紫色の肌をしたゾンビの顔が飛び出してきて、バルドの鼻先にまで迫る。

 声も出せない程に驚いているバルド。凍ったように固まり、ゾンビの顔と至近距離で見つめ合っている。


「バ、バルド……?」


 無言のまま、バルドがフラフラと後退りした。その間、ゾンビの顔から全く目を逸らさない状態で。裕介の呼び掛けには、何も答えなかった。

 椅子に座ったままの裕介たちも、遠ざかるバルドを見つめていた。強張ったままのバルドの表情は、恐怖の極地にまで至っているのが想像できる。


 次の瞬間、またスピーカーが大爆音で吠えた。

 この部屋に入ってから断続的に聞こえていた魔女の笑い声で、いい加減に裕介は慣れていたが、恐怖に捕らわれていたバルドは違ったらしい。絵に描いたような、驚いて飛び上がった猫のような挙動で、ショックを受けていた。

 そこからのバルドは、見ていて可哀想になるくらいのパニックぶりだった。


 最初に引っ掛かった魔女狩りのトラップとは、また別の魔女狩りのトラップに引っ掛かりすっ転び、立ち上がる為に掴んだレバーは違うトラップの鍵だったようで、天井から振り子のように降ってきた木の杭で腹部を強打。そしてまた魔女狩りのトラップに足を取られ、尻餅をつく。立ち上がってよろめいた先で、釣糸のような透明な糸を踏み、背後から迫った木の杭に背中を殴られ、部屋の入り口に立っていた骨格標本に突っ込むと、バランスを崩した骨格標本に押し倒されて、ようやくバルドへの袋叩きは止まった。


「キシャーッ! シャッシャッシャッ!」


 魔女の嘲笑が、ドタバタと騒がしかった部屋の空気を霧散させた。

 本当に驚いている時は叫び声は上げられないものなんだなと、呑気に考えていた裕介は、骨格標本に押し倒されたまま身動きしないバルドに異変を感じて、慌てて駆け寄った。


「バルド?」


 皐月と明礬が骨格標本を起こしてくれた所で、バルドの顔を覗き込んでみた。


「――寝てる……?」


 愕然として呟いた。


「あまりの恐怖にって感じかな。その内、起きるんじゃない?」

「やぁやぁ。僕の作ったトラップがここまで刺さるなんて、何だかとっても光栄だねぇ!」


 他人事のような皐月と、ハリのある声で笑う明礬。そんな二人に、裕介は眠るバルドの顔を見ながら溜め息を吐いた。

 そもそも、何の為のトラップなんだ。確かによく効くトラップではあるようだが。ただし、バルド限定で。

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