第17話 縁の謎

 バルドの怒りが静まるのを待って、四人は輪になって向き合い、椅子に座った。

 燭台や皿の上に直接置かれた蝋燭の火が揺れて、部屋の中は相変わらず異様な雰囲気だ。

 魔女の魔女狩りトラップが発動した時と同じ魔女の笑い声が、時々、大爆音でスピーカーから流れる。その度に、裕介もバルドも身を縮めて驚き、この部屋の主である明礬を見た。バルドに至っては恨めしそうに睨んでもいる。

 裕介とバルドは隣同士だったが、その間には後ろの棚から突き出た、紫色の肌をした人形の足のようなものがあった。バルドはもう何度も、その得体の知れないオモチャを遠ざけるように叩いていた。


「――血のように赤い月――人間と吸血鬼の精神の入れ代わり――吸血鬼の吸血欲求を極限まで抑えることのできる血の人間……」


 裕介とバルドの話を聞いて、明礬はブツブツと言いながら考え込んでいた。

 明礬が二人の話を信じたのかは別として、この話に興味を持ったのは本当らしい。協力者が必要だと皐月が言ったが、オカルトに詳しい明礬が解決策を打ち出してくれるのなら、それはとても心強いことでもある。


「うん。さっぱり分からないね!」

「ほらな! こうなると思っていたんだ、俺は!」


 バルドが吠え、紫色の足をまた一つ叩いた。その様子を見て、裕介も思わず乾いた笑い声を漏らしてしまった。

 期待というのは、外れるものだ。当然、この問題の全てを解決してくれると思っていたわけではないが、何か一つだけでも。明礬が持っている知識が活きるのではないかと。

 振り出しに戻る。また何も分からない状態だ。


「ただ、可能性として。言えることはあるとも」


 そう言った明礬に、裕介とバルドの視線が向く。

 皐月がドクロ型のカップから、お茶を飲んだ音が響いた。


「恐らく、一方が人間で一方が吸血鬼だということは、精神の入れ代わりの根本原因ではないだろうね」


よく分からないと裕介が首を傾げ、バルドは考えるように眉間を寄せた。


「一度、元に戻る現象が起きたということは、つまり何かがトリガーで入れ代わりが起きるということさ。頭をぶつけ合ったと言ったね? それがトリガーだよ。だからと言って、闇雲にゴッツンコしたって、入れ代わりは起こらない。それなら何故、特定的なゴッツンコがトリガーなのか」


 明礬はゆっくりと、裕介とバルドを見回した。


「裕介くんとバルドくんに、本人たちも知らない、何らかのえにしがあるのさ」


 言葉を発することが出来なかった。それが明礬の話に驚いたからか、明礬の表情に気圧されたからかは分からないが。

 縁だって……? そんなことを思いながら、隣のバルドを見る。バルドも裕介の方を見ていて、お互いがよく知った自分の顔を見つめていた。

 本人も知らない縁。あるはずがない。二人は確かに、あの赤い月の下で初めて出会った。夢の中でさえ、会ったこともないのに。


「縁にも、いろんな物があるのだよ。前世では恋人だったとか、兄弟だったとか。ソウルメイト、守護者、加害者と被害者――或いは、全くの他人に、意図的に結ばれた縁」

「他人に結ばれた縁?」


 バルドの呟きに、明礬は何度か頷いた。


「それは呪いかも知れないし、若しくはその人物による、強い強い願いかも知れない。こういった縁っていうのはね、なかなかに頑固で切れないものであるから、厄介と言えば厄介だね。呪いであれ、願いであれ、その人物の思いを成就させなければ、何も解決しないわけさ。そしてこれは仮定の話で、結局は何も分からない。要するに、裕介くんもバルドくんも、お互いからは離れられないだろうね。例え今この場でトリガーが発動して、体を戻す入れ代わりが発生し二人が別離しても、二人はまた引き合っていつか出会うことになる。何故なら! 君たちは! 不思議な縁で! 繋がっているからさ!」

「明礬、息継ぎ」


 テンションが上がっていたのか、段々と声が大きくなっていた明礬は、また息継ぎを忘れていたようだ。ゼェゼェと呼吸しながら、裕介とバルドに向けて、手のひらを見せている。一旦休憩したいらしい。

 もし、二人が別離しても、二人はまた引き合っていつか出会うことになる。

 前回、体が元に戻った時、去ろうとしたバルドを裕介は必死になって止めた。初めてできた友人を失いたくなかったからだ。でもあの時に引き留めなくても、また出会うことができたのかも知れない。

 仮定だ。可能性の話だ。また出会うことができたとしても、それが何年も何十年も先だったら、とても悲しいことだ。だから引き留めたことに後悔はない。

 孤独に堪えていたのは、裕介もバルドも一緒。誰かの呪いだろうが願いだろうが、二人が出会えたのなら、それはもう運命とも呼べるだろう。


「吸血欲求を極限まで抑え込める血をした人間――二人の縁だとしたら、これも納得できる話なのではないかな?」


 運命だと、信じるしかない。


 明礬の話は、不思議な説得力があった。裕介もバルドも、目に見える肯定の反応はしなかったが、すんなりと受け入れてしまった。可能性の話だと、明礬自身が言っていたというのに。

 結ばれた縁に込められたその思いを成就させなければ、裕介にもバルドにも解放される道はない。入れ代わりの現象も、何度だって起きてしまうだろう。

 裕介は複雑な心境だった。別離ができないということを、喜んでいいのかどうなのか。


「体が戻っても一時的。不確定要素が多すぎて、迂闊に動くこともできない。誰の呪いか願いか知らないが、クソつまらねぇ状況に巻き込みやがったな」


 バルドは一ヶ所に留まりたがらないと分かっていた。これまでの言動から。彼の正体から。

 もし入れ代わりが起きずに出会っていたとしても、バルドの事情を知ったら、彼の力になりたいと思っただろうと裕介には自信があった。

 初めての友人。救ってくれた恩人。鉄輪を殴り付けた、胸のすくようなあの拳は、きっとずっと忘れない。

 どうか、どうか。離れようとしないでほしい。今の状況が気に入らないのはよく分かるけれど。でも裕介とバルドには、出会う前から気付かぬ内に、結ばれた縁があったのだから。


「思っていたより、長い付き合いになりそうだ。ユースケ」


 自分の顔が、眉を下げて苦く微笑む。

 遂にバルドが告げた留まるという明確な答えに、同情したのかそれとも小さく歓喜したのか。胸中に渦巻く感情は、裕介にもはっきりと認識はできなかった。


「望むところだよ、バルド」


 覚悟はできた。心は決まった。

 裕介とバルドの二人で、この縁の謎を解き明かそう。時間はきっと、幾らでもあるから。

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