第5話

 鬼退治協会は、その活動を終了してしまった。


現在は残された公式の刀が使用されているだけで、新たに生産されることはない。


警察に返納する人も後を絶たなくて、それを手に入れたいと思うなら、譲り受けるより方法はない。


やっぱりいっちーの近くには、刀を持っている人がいる。


いっちーはそれを、欲しいと思ったことはなかったのかな。


 翌日の放課後になるのを待って、あたしは彼女を演武場に呼び出した。


鬼退治サークルを作りたいと、前々から学校申請して生徒会に臨時使用許可をもらっていた。


どれくらい待っただろう。


もう来てくれないのかと思い始めた頃に、ようやく門は開いた。


「私があんたに付き合うのは、これが最後だから。いい加減あきらめて」


「一緒に鬼退治しよう」


 しつこいとか言われても、気にしてる場合じゃない。


「色々と教えて欲しい」


「鬼退治の師範なんてどこにでもいるし。私は刀を持ってないよ」


「いっちーがいいの」


「もっと強くていい人いっぱいいるよ」


「いやだ」


「なんで?」


「どうしても」


「あんた、私に負けたじゃん」


 彼女を見上げる。


あたしは真剣で、彼女も負けずに真剣だった。


いっちーは続ける。


「私より弱いのに、なんで鬼退治なんて出来ると思った? 私ですら勝てない相手に、勝てるわけないし」


「どういうこと?」


「見たでしょ、昨日の」


 いっちーはその髪と同じ色をした淡い茶色い目を、あたしからそらした。


「昨日のあの三人はさ、うちらと同い年なんだよね。鬼退治を始めて、あっという間に帯刀者になっちゃった。私は小さい頃から父さんの道場で習ってたのに、一度もこん棒を握らせてもらったことがなくて……」


 彼女の視線は、あたしの前に置かれた二本のこん棒を捉える。


「どんなに頑張ったって、どうせ勝てないじゃない。あいつら、めっちゃ強いよ。人にはそれぞれ役割ってもんがあって、やれる人間がやれることやった方が……」


「いっちーは誰と戦ってるの?」


 用意していたこん棒の一本を、彼女の前に投げる。


鬼退治用の「こん棒」と呼ばれるその木刀は、床を滑りいっちーの目の前でピタリと止まった。


「いっちーは、何と戦ってるの?」


「……。私はこれを持つことすら、許されたことは一度もない」


「自分がやりたいんなら、やればいい。出来ないなんて誰が決めたの」


 あたしは自分の持つこん棒をくるりと一回転させた。


それを左右に振ってから正眼に構える。


「いっちー。あたしたちが戦っているのは周りにいる『誰か』じゃなくて『鬼』だよ。相手を間違えてる。人間の男だって敵わない『鬼』と戦うんだ。あたしには自分たちなりのやり方があるって思ってる」


「本当の『強さ』ってのを知らないから、そんなことが言えるのよ」


 いっちーはこん棒に目もくれず、両腕で手刀を構えた。


「やりたいって、欲しいって、自分で言ったことある?」


「どんだけあんたがバカなのか、教えてあげる」


 いっちーの足が空を斬る。


だけど、安全領域を理解したあたしには届かない。


着地させた足からの回し蹴りがこん棒を打ち付ける。


不意に詰められた距離に手元はふらついた。


腹に彼女の拳が入りそうなのを、なんとか避ける。


これでは近すぎて逆にこん棒が邪魔だ。


あたしは肘打ちで迎え撃つ。


互いに一歩も譲らない攻防は続いた。


一瞬の間合いを取る。


あたしもいっちーも息が上がり始めた。


「どう? 素人にしては上出来じゃない?」


 そんなセリフで時間を稼いでみる。


流れる汗を拭いこん棒を握りなおした。


これ以上の接近戦は避けたい。


いっちーは身構えたまま、静かに呼吸を整えている。


今度はあたしから間合いを詰めた。


こん棒の距離を生かしての打ち合い。


いっちーの動きが鈍い。


あたしは一瞬の隙をつき、その切っ先を彼女の左肩に押しつける。

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