第6話

「……あたしの勝ち」


 いっちーはそれでも動かなかった。


勝負はついた。


すぐにそれを脇に戻すとこん棒を下げる。


いっちーはもう、戦う気がなくなった? 


あたしは床にひざを付いて座ると、姿勢を正した。


「お願いします。一緒に鬼退治をしてください」


 指の先をきっちり丁寧に合わせ、深く頭を下げる。


彼女からの返答はない。


あたしはゆっくりと顔を上げ、彼女を見上げた。


いっちーは制服の上着に手をかけると、それを脱ぎ捨てた。


胸のリボンをほどき、シャツのボタンを外す。


はだけた胸から剥き出しの肩を晒して見せた。


「私のアザよ」


 彼女の白い肌が光に透ける。


いっちーの背後から伸びた醜い手が、彼女の肩をつかんだ。


太く長い指が細い肩をわしづかみにし、鋭い爪は肌を貫き切り裂く。


「この痛みが、あんたにも分かるって?」


 赤黒くくっきりと浮かぶその痕は今も鮮やかに、確かな痛みを持って彼女に疼き続けていた。


「私はね、いつもこの痛みを抱えてる。あんたと違って毎日毎日、朝起きたら、夜寝る時にも、何を見ても何を聞いても! 私のすぐ側にこいつらはいて、いつだって……『俺の存在を忘れるな』って……そうささやき続けて……」


 いっちーの頬を涙が伝った。


「鬼退治なんて、本当に出来るなんて思えない。私にもあんたにも、誰にも」


「その傷の存在を知っても、あんたのお父さんやその道場の奴らは、やっぱりいっちーには自分たちの背中に隠れとけって言うの?」


 あたしは立ち上がる。


彼女に近づき、その傷痕にそっと触れた。


「その傷を、今もまだ深くえぐり続けているものはなに?」


目を閉じる。


あたしは泣いているいっちーの額に自分の額をつける。


「大丈夫。あたしたちは戦える」


 彼女のむき出しになった肌を覆うためのブラウスのボタンを、一つ一つとめてあげる。


「悔しくはないの? ムカつかない? それで鬼退治が終わったら、どんな顔して『ありがとう』って言うの?」


 いっちーの涙は、いっちーだけの涙じゃない。


「あたしは弱くてマヌケでバカだから、殴られたら殴り返されても殴る。たとえ死んでもあいつらだけは許さない。あたしは自分の大切な人が誰かに殴られていたら、自分が死んでもやり返す」


 床に落とされたブレザーを拾い、肩にかけてあげる。


あたしはいっちーを抱きしめた。


「悪いのは、あたしやいっちーに傷をつけさせた鬼よ」


「本当に勝てると思ってる?」


「死んでも戦う。そうしないと、自分が後悔するから」


 あたしはいっちーに微笑んだ。


「あたしは自分のために戦うの。負け戦になるかもしれないけど、一緒に来てくれる?」


「頼りない」


「はは。いっちーが来てくれたら勝てるかも」


 彼女の腕が肩に回って、一緒に泣いた。あたしたちは独りじゃない。


「このこん棒、いっちーのだよ」


 差し出した鬼退治用のそれを、彼女は手に取った。


目と目が合って、彼女は静かに微笑む。


「全く。しょうがないな」


 そんな彼女の顔はとってもきれいだなと、あたしは改めてそう思った。


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