第4話

 翌朝、いつもより早く起きて学校に行った。


いっちーを待ち伏せするつもりだったのに、すぐ見つかって逃げられる。


休み時間にも昼休みにも、授業中だって手紙回してもらったりなんかしてみたのに、いっちーは届いた手紙をそのまんまポケットにねじ込んで見てくれない。


こうなったらもう、出待ちを決め込むより仕方がない。


あたしは放課後の始まりを知らせるチャイムと同時に、リュックを背負い校門へ走った。


高い城壁に囲まれたこの学校に、門は一つしかない。


「お、正解」


 入り口が一つなら出口も一つ。


あたしに気づいたいっちーは、露骨にイヤな顔をした。


「仕方ないじゃん、見つかっちゃうのは。ここしかないんだもん」


「ついてくんな」


「それは無理」


 駅までの一直線の道を歩く。


風は少し冷たくて、目の前で揺れるいっちーの淡いミルクティー色の髪はサラサラしすぎていて、あたしはいっちーにつけられた傷のことを思う。


「まーた瑶林の生徒か! お前らはいっつもいっつもうるさいのぉ!」


 駅バァだ。


うちの学校の制服を見ると、すぐ絡んでくる駅前の有名人。


私服で通ると何も言わない時もあるらしいから、別に誰か個人を特定してやってるわけでもないらしい。


とにかく目の前をうろつく他の女が大嫌いなバァさんだ。


「あんたらの散らかすゴミで、どれだけ周りが迷惑してると思ってんだ!」


 いや、あたしら今ゴミとか捨ててないし。


どこに住んでいるのかとか、名前とかも誰も知らない。


ただいつも駅前広場の決まった場所に陣取り、引いてきた椅子型キャリアバックに腰掛け、目についた女を罵倒し続ける白髪のヨボヨボ婆さんだ。


「なんじゃその目は! 汚い足晒しよって!」


 しわくちゃの拳を振り上げる。


カーッと喉を鳴らし、ペッと唾を吐いて威嚇してくる。


あたしたちはただ通りかかっただけなのに、その罵声のおかげで一身に注目を集めてしまう。


この世にいて迷惑なだけの婆さんだ。


「相変わらずウザいな」


「相手する方が負けだよ」


 駅前広場の人だかりから、ふいに声がかかった。


「あれ、一花?」


 一花とはいっちーの下の名前だ。


「あ、そっか。瑶林だもんね、高校」


 そう言った声の主は、恥ずかしそうに頭をボリボリと掻いた。


鬼退治の刀だ! 


腰に刀をぶら下げている。


漆の鞘に収まり、彫られた紋章は本物の証。


腰の柄に手を置くと、彼はそれをグッと押し下げた。


「お友達?」


 あたしを見下ろす。


いっちーは慌てて首を横に振った。


「違う! ただ近くを歩いてただけの人だから」


「何それ、いっちーひどーい」


 黒髪の背の高い彼は、にこっと軽やかな笑みを浮かべた。


その後ろにまた別の男の子が二人いる。


「お友達、鬼退治やってんの?」


 そう言ったのは金髪ロン毛。


「何だ。やっぱり一花も興味あったんじゃん」


 こっちは切れ長の目に細めの長身。


三人とも腰に刀がぶら下がる。


「いっちーの知り合い?」


 最初に声をかけてきた黒髪の彼は、変わらぬ優しい笑みを浮かべていた。


「そうだよ。俺らの師匠の娘さんだから」


 あたしはいっちーを振り返った。


何それ。


いっちーんとこは空手の道場かと思ってたけど、そうじゃないんだ。


「いっちー、鬼退治してんじゃん」


「あんたたちは黙ってて!」


 彼女はあたしではなく、その男の子たちをにらみつけた。


「一花は学校で『いっちー』って呼ばれてんの?」


「帰る!」


 いっちーは怒っている。


でもあたしは、もう少し話しがしたい。


「待って」


 彼女の袖をつかんだら、ガッツリ振り払われた。


足早に歩き出す背中を仕方なく見送る。


「あ、なんかゴメンね」


 最初に声をかけてきた黒髪の男の子は、そう言っていっちーの遠ざかる背中を視線で追いかける。


「一花はあまり、自分のことは話さないんだ。俺たちに」


「学校でもそんなにしゃべんないよ」


「だけど、道場ではいつもかいがいしく皆の世話をしてくれてて……」


「まぁ、世話好きではあるよね」


「それがなんだか、申し訳なくて」


 あたしはそう言った彼を見上げる。


「いっちーだからね」


「女の子だから」


 彼は腰の柄に手をかけた。


カチャリとこすれ合う音がして、あたしに手を振った。


「ゴメン。やっぱ一花のとこ行ってくる」


 いそいそと駅へ向かう彼の背を見送る。


金髪ロン毛の男の子が微笑んだ。


「じゃ、鬼退治頑張ってね」


「邪魔したな」


 もう一人の長身の彼もそうつぶやき、構内へと吸い込まれてゆく。


彼らはどこの学校の生徒なんだろう。


知らない制服だ。


あたしは手にしたこん棒を肩に担ぐ。


結局誰だか分かんなかったけど、そんなことに負けてらんない。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る