楽 ぽろり、ぽろり

娘は毎日泣いて転んで立ち上がる

いつしか心も身体も大人になって

僕から少しずつ巣立っていった


レッドカーペットを共に歩いて

優しい青年に送り届けた夜のこと

おまえはもう 大丈夫 そう笑って

僕はひとりきりの寝室で夢を見た


あの日の君とふたりきりで虹の下

僕はちゃんとお父さんをやれたかな

そろそろ教えてくれてもいいだろう

思わず泣いてしまったら 君は 君は


「まだまだ がんばれ おとうさん」


やっぱり 純粋無垢に笑ったんだ


あれから僕はひとり でも不思議と

毎晩 夢で君に会えるようになった

いつもお姫様みたいに成長しないまま

水溜まりに映る虹みたいに綺麗な君と


まぶたの裏の公園に君を迎えにいっては

秘密のランデブーを続けている日々


懐かしいあの頃みたいにくだらないこと

言いあって 笑って 息を吸って 吐いて

久しぶりの口づけをそっと交わすと

このまま現実から逃げたくなっちゃって

目覚めたくないと願ってしまったんだ

でもいつもそう思うたびに消えてしまう


君は誰より冷たくて暖かくて意地悪で

僕に厳しくするくせに 優しく笑う

君のそういうとこ 変わってないな


「大丈夫 ここにいるよ」


あいもかわらず朝の冷たい風が頬を撫でる


ぽろり ぽろり と涙がこぼれる

ぽろん ぽろん とスマホが鳴る


嬉しそうな娘からのメッセージ

黒白写真付きのメッセージ


「まだまだ がんばれ おとうさん」


君は本当にあほのこだなあ これじゃ

おとうさんじゃなくて おじいちゃんだ


ぽろり ぽろり とまた涙がこぼれる


家族ってきっと こういうもんなんだ

これからもずっとずっと 変わりなく

胸を張って言えばいい「これが家族だ」

僕ら家族は 影を重ねて時を歩むんだ

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る