ナンパされました。

「素敵なお店を教えてくださって、ありがとうございます!」

 私はルークに礼を述べる。

 店主さんは私に「長い付き合いになりそうだから」といって、ワンピースの他に素敵なトートバックをサービスにつけてくれた。よく考えたら、服を手に持って帰るのってかなり間抜けだ。トートバックに買った服を詰めてもらえて本当に良かった。

「それで、なぜ、神官服のままなんだ?」

「マクゼガルドさまはその方がよろしいのですよね?」

 もちろん、着替えることも考えた。でも、神官と歩くなら噂にならないってルークは言っていたのだ。確かにその通りだと思う。神官相手だと恋愛関係って思わないよね。

 それに、私服のルークの隣を歩けるような服ではないことはわかっている。

 カジュアルに見えてもルークの服は高級品。私の買ったワンピースは仕立ても状態も良かったけれど、古着だ。

 もちろん、服装以前に、私がルークの隣を歩けるとは思っていない。いや、歩いているけれど。

 ルークから見れば、珍獣面白いモードなんだと思う。

 高貴なルークとは価値観が全て違う私は、見ていて珍しいってことなんだ。

 そして。絶対に恋愛対象になるはずもないからこそ、安心しているだけにすぎない。

 こうやって隣にいると、浮き立つ気持ちは当然あるけれど、その気持ちは絶対に育ててはいけないものだ。手に届かないモノを欲しいと思ったら、人間、絶対に無理をする。

 きっと。原作の私は、そうしていろんな大切なものを捨てたのだろう。

「そうは言ったが、それほど気にすることはないだろう?」

 それは、私は隣にいても誰も噂なんかしないという『確信』があるってことだろうか。

 わかってはいるけれど、ちょっと胸が痛い。

「これからどうするんだ?」

「えっと……」

 私は口ごもる。

 お腹が空いているのでご飯が食べたい。だけど、ルークが入るような店にはとてもいけない気がする。

 自分一人なら、その辺の屋台で買って、立ち食いもいいかな、なんて軽く考えていたけれど。

 ルークが一緒ならそれは難しい。そもそも買い食いは淑女のすることではない。

「食事にしないか? 美味しい店があるんだ」

「あの。出来る限りリーズナブルなお店でお願いします」

「お前、本当に面白いな」

 くすくすとルークが笑う。

 何がどう面白かったのかわからない。

「ついてこい」

 ルークは突然私の手を握って、歩きだす。

 胸がドキっとした。

「あの、離してもらえませんか?」

 ものすごく顔に熱が集まってくる。

「お前、はぐれそうだからダメ」

「そんな」

「結構、ごちゃごちゃした道だから」

 ルークが言ったとおり、細い小道を何本か曲がったりしていて、ややこしい道だった。

 とはいえ。さすがにはぐれないと思う。いくら私がトロくても、ルークを見失うことはないから!

 カジュアルな姿でも、ルークはキラキラしていてとても目出つ。

 本当にこの人、ふらふらしていて大丈夫なのだろうか。護衛さんは、どこにいるかわからないけれど、ちゃんとついてきているのだろうか。

 そこまで考えて、気が付いた。そうか。ルークは貴族だから。女性というのは、街歩きに慣れていないと思っているのかもしれない。例えば、エリザベスだったら、手を離したら誘拐とかされちゃいそうだし、一人でお買い物とかも難しいのかも。

 ということは、この状況は、彼が『紳士』として振舞っているということなんだろう。

 ただ、私は貴族ではない。土地勘はないけれど、ここまでされる必要はないのだ。

 もともとルークは最推しなのだから、優しくしてもらったら嬉しくなってしまう。闇落ちの危険があるとわかっていなければ、多分、舞い上がっていた。

 とはいえ。今も心臓が激しく動いていて、身体がこわばっている。

 どうしたらいいのかわからない。

「ついたぞ」

 ルークは手をようやく離してくれた。

 そこは、広いオープンテラスのある、カジュアルなカフェのようだった。

「ここのハンバーガーがうまいんだ」

「へえ」

 前世の言うところ、ファストフード的な店のようだ。店内のカウンターで買ってから、席に座って食べる方式みたいだ。客層も若者が多いところからみて、それなりにリーズナブルなのだろう。

 ここならたぶん、そこまで暴利なことはないと思う。

 店内に入ると、お昼時なこともあって、ほぼ満席に近かった。ルークはオープンテラスの入り口の方を指さす。

「席は早い者勝ちなんだ。テラスの空いているところに、先に座っていてくれ」

「それなら先に」

 お金を、と言おうと思ったけれど、ルークはレジの方へ向かってしまった。

 渡してからとも思ったけれど、人はどんどん入ってくる。席がなくなると困るので、言われた通りテラスの方へと向かう。

 テラスの方はまだそれほど人がいなかった。

 私はかなり隅の位置のテーブルを選んだ。

 やっぱり、公子さまと一緒なのだから、人目に付きにくい方がいい。

 とはいえ。キラキラしたルークは、どこに行っても目立つし、たぶん、神官服の私も目立っている。

 うーん。やっぱり神官服は着替えるべきだっただろうか。普通の服なら、ルークの使用人に見えたかもしれない。

 そんなことをぼんやり考えていると、突然見知らぬ男性二人が私と同じテーブルに座った。金髪と茶髪の、まだ若い男性だ。

「あの?」

 他に席がないのかと思いきや、まだ空いているテーブルはある。

 いかにも遊んでいそうな雰囲気だ。へらへらとした笑いも、どこかイヤラシイ。

 チャラチャラしていそうなのに二人とも身なりがいい。特に金髪の男の方はかなりいいものを着ている。それなりにお金持ちなのかもしれない。

「神官のおねえちゃん、ここ座っていいよね?」

 金髪の男が笑う。こういうタイプは相手にしない方が賢明だ。

「わかりました。では、私が席を変わります」

 私は荷物を持って立ち上がって、テーブルを移動しようとする。すると、もう一人の茶髪の男の方に腕をつかまれた。

「おっと。つれなくするなよ。神官さまなら、オレたちに愛をくれたっていいだろう?」

「神の愛を乞う割には、随分と乱暴ではありませんか?」

「誰が神の愛を求めたって? オレたちはね、アンタと愛しあいたいんだ」

 茶髪の男が口の端をあげる。

「嫌です。離してください」

 私は男を睨みつけた。

 もちろん、魔術を使えばこの男たちを吹っ飛ばすことなんて、わけもない。

 ただ、衆人の前でやれば、騒ぎになるし、店に迷惑も掛かる。下手したら『退学』を命じられるようなことにもなりかねない。

 周囲を見るとみんな、私から目をそらしている。ひょっとしたら、この男たちは地元の名士か何かなのかも。そうだとすると余計に厄介だ。

「何をしている?」

 冷ややかな声が聞こえた。

「ゲニス商会の子息とヴァイゼル男爵の子息だな。俺の連れがどうかしたのか?」

「なっ」

 ルークだった。その顔を見た二人がみるみるうちに青くなっていった。

「も、申しわけありません」

「失礼いたしましたっ!」

 二人は何度も頭を下げて、慌てて去って行った。

「大丈夫か?」

「はい。おかげさまで」

 私は頭を下げる。

 ルークは手に持っていたトレイをテーブルに置くと、わざわざ私に椅子を引いてくれた。

 まさかのこんなところで淑女扱いに私は、ドキリとする。

 ルークはたぶん、紳士の行動が身に沁みついているから自然にやっちゃうことなんだろうけれど、そんなことをマナーの授業以外でされたことなかったから本当に心臓に悪い。

「お知り合いでしたか?」

「知り合いってほどでもない。昔、因縁をつけられて、ちょっとお仕置きしただけだな」

 ルークは涼しい顔で言うけれど。さっきの彼らの態度を見る限り、『ちょっとお仕置き』は、かなり怖いレベルのものだったのだろう。

 全てにおいて優等生なルークは、当然魔術師としても騎士としても、かなり高いレベルだから強いのは当然だ。ケンカをうった相手が悪いとは思う。

「だから一人は危ないって言っただろう? お前、結構、目立つんだから」

 言いながら、ルークは買ってきたものを私の前に並べてくれた。

「やっぱり、神官服がまずかったですかねえ」

「いや、お前、もともと目立つから」

 ルークは苦笑いをしている。

 髪がピンクのせいだろうか。

 でも、この世界の人の髪の色は、カラフルである。ピンクだからといって、奇異な色ではないのだけれど。

「とりあえず、温かいうちに食べよう」

「はい。あの、おいくらですか?」

「気にするな」

 ルークはハンバーガーの包みを開いて食べ始める。

「でも」

 それほど高くはないとは思う。けれど、御馳走してもらう理由がない。

「部活の後輩に、一度奢るくらいの甲斐性はある」

「甲斐性がないなどと、思ったことはないんですけれど」

 ルークはマクゼガルド家の次期公爵だ。当然、お金に困っているようなことはないだろう。

「だったら、遠慮するな」

 優しく微笑まれてしまい、私は何も言えなくなってしまった。これ以上拒絶するのはかえって失礼に当たる。今日のところは、感謝をしていただくことにしよう。お礼はいつか返せばいい。

「……ありがとうございます。ご馳走になります」

 テーブルの上に置かれたハンバーガーに手をのばした。

 口にすると、ふわふわのバンズに、美味しいハンバーグが絶妙なハーモニーを奏でる。中に入ったピクルスもいいアクセントになっていた。

「美味しい!」

 もちろん、普段食べている学院の料理の方が、ずっと高級な食材を使っているのだけれど、こういう庶民の味は、また違った美味しさだ。

「そうだろう」

 ルークは得意げに頷いた。

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