買い物
日曜日。
今日は食堂のお仕事をお休みして、買い物に行くことにした。
そう。お給金をいただいたのである!
もちろん、それほど高額じゃないけれど、自分の労働で稼いだ初めてのお金だ。
私は神官服を着て、門の方へと歩いていく。
制服と神官服とどちらか迷って、神官服を着ることにした。
どっちを着ても、たぶん浮くと思うけれど、まあ仕方がない。
風のオーフェの神官服は、白が基調になっていて、とてもゆったりとしたものだ。上着はチュニックで、丈が長い。下はワイドパンツになっている。
このデザイン、わりと年齢も体格も選ばない。神官服のポピュラーなデザインになっている理由は、そのへんにあると私は思っている。神官によってサイズをあまり変えなくてもいいので、発注も楽らしい。ただ、さすがに子どもサイズはなくて、私がまだ小さい時は神官長さまも困っていたみたいだ。
ちなみに、着心地は滅茶苦茶いい。特に夏は涼しくていいのだ。
とはいえ。いつまでも日常着として神官服を着ているのもよくはないだろう。
外の街へと通じる道は、寮とは反対側の敷地にある。寮のそばに門を作らないのは、多分防犯上の理由なんだろうけれど、正直、とっても遠い。
ファーストエリアからは、門まで馬車が通れる道ができているから、上位貴族の人たちの移動は気にならないのだろう。
図書館の前までくれば、門はあと少しだ。
「え? お前、アリサか?」
驚きの声にそちらを見ると、ルークがいた。図書館は休日も開いているからそちらに用事なのかもしれない。
カジュアルなシャツにズボン。もちろん上等な布のものだけれど、庶民が着るようなデザインだ。
キラキラしさはないけれど、もともと本人自体がキラキラしているから、それでもやっぱりキラキラしている。
「おはようございます。マクゼガルドさま」
私は頭を下げる。
「何故、神官服を着ている?」
「えっと」
思わず頭を掻く。その疑問は当然だとは思う。
「すみません。神殿育ちなのです」
「……神官なのか?」
「いえ、まだ神官にはなっておりません」
私は頭を振った。
神官になるということは、信者であるのとは別のことなので、試験やら儀式やらいろいろと手続きが必要なのだ。
「早い話が、神殿ではこれを着ていないと目立つので、これが日常着だったのです」
「それはわからなくもないが」
ルークは納得できないというように首をかしげる。
「他に服がないので仕方がないのです。変だとは思いますけれど、今日のところはお許しください」
「いや、別に、いけないとはいっていないが」
「それでは私はここで」
私は丁寧に頭を下げる。学院で習っている『淑女のお辞儀』ではなくて、神官としての礼。
この服を着ていると自然にそちらがでてしまった。
間違えたとは思ったけれど、ルークは気にしていないようだった。
「今日は、食堂の仕事は休みなのか?」
「はい。今日は街に買い物に行くのです」
「一人でか?」
ルークの眉間にしわが寄る。
「そうですが?」
一人で歩いているのだから、一人に決まっている。そもそも、この学院のそばに知人はいない。
それに超個人的な買い物に、誰かに付き合ってもらうのも申し訳ない。
「俺も行こう」
「は?」
聞き間違いだろうか?
「あの、一緒に買い物に行くって聞こえたんですけれど?」
「そう言ったからな」
ルークが頷く。
「えっと。買い物といっても、そんなすごい店に行くわけではないですよ?」
私が行こうとしているのは、古着屋だ。金銭に余裕があれば、少し買い食いして帰ろうと思っている。
「いや、俺、暇だし、結構、街を案内できるぞ。それに女の一人歩きは危ない」
「公子さまが一緒だと、余計に危ないと思うのですけれど」
私は思わず首をかしげる。
そもそも貴族は一人でふらふら街で買い物はしないだろう。
少なくとも護衛はいると思う。いくらルークが優秀で、腕に覚えがあっても、やはり不意討ちっていうのもあるのだし。
「だから公子であることを理由にするなら、公子の俺に逆らうな」
ルークは不機嫌な顔をする。
いや。えっと。今回は私、間違っていないんじゃないかなーと思うのだけれど。
「護衛さんとかいらっしゃらないのですか?」
「お前が気にすることではない」
にやりとルークは口の端をあげる。
つまり、護衛さんはどこかから見ているのかもしれない。全然わからないけれど。
「でも、私と出かけても楽しくないんじゃないですか? それに外聞もよろしくないのでは?」
「神官と歩いているなら、変な噂も立たない」
ルークは肩をすくめた。一応、普通に女性と出歩くと噂になるということは理解しているんだ。
「神官ではありませんけど?」
「見ただけでは、わからん」
それはそうかもしれない。
「お前には、風の加護がついている。下手な神官よりよほど、神官らしいぞ」
「……ありがとうございます」
なんだかよくわからくなってきた。
「じゃあ、行こうか」
ルークはすたすたと門の方へと歩いていく。
「来ないのか?」
ルークが首をかしげる。
「行きますけれど」
どうしてこうなったのだろう。完全に押し切られてしまった形で、私はルークの後を追う。
門を出ると、そこは帝都の郊外だ。
郊外といっても、それなりに人は住んでいるし、店もある。
寮には門限があるのだけれど、外出は禁止されていない。学生や教師相手の商売は成り立つらしい。
「どこへ行きたいんだ?」
「……古着屋です」
「古着屋?」
ルークは驚いたようだった。まあ、そうだろうと思う。
上級貴族であるルークには縁がない場所であろう。
「どうしてだ?」
「神官じゃないのに、神官服を着ているのはやはりまずいかなあと」
「なるほど」
どうやら理解していただいたらしい。
「じゃあ、こっちだな」
「は?」
勝手知ったるが如く、ルークは自信たっぷりに私を先導する。
街の人通りはそこそこある。眩しい日差しの中、雑多な食べ物のにおい。にぎやかな商人の声。少し前まで、私の身近にあった世界だ。
「ここはどうだ」
ルークが連れて言ってくれた店は、本当に古着屋さんだった。
この世界は衣服がとても高い。
下着の類はともかく、庶民は結構、古着屋を利用する。
庶民だって、一から仕立てる仕立て屋で服を作ることもあるけれど、そういうのは『とっておき』の服である。いわゆる既製品っぽいものでも、やっぱりそれなりに値が張るのだ。
「この店は、うちに出入りしている商人の息子がはじめた店なんだ」
「ああ、なるほど」
知り合いのお店ってやつなんだ。
「この辺りは、学院関連の客を相手にしている。学院内には服屋はないだろう?」
「はい」
たいていのものは学院内で手に入るけれど、服だけは売っていない。
「苦学生や、職員たちのために、作ったと聞いている」
「なるほど」
私は納得した。
学生はもちろん、中で住み込みで働いている人間は、必ずしも『豪華な』服である必要はない。
もちろん、お金に余裕があるならば、古着屋じゃなくて、普通の仕立て屋に行けばいいのだけれど。
木戸を開いて中に入ると、カランと音がした。
大きな窓が開いているので、部屋の中は明るい。
店内はちょっと窮屈なほど服が展示してあった。
「いらっしゃい……おや、ルークさま。今日はどうされました?」
三十代くらいの男性ーーおそらく店主であろうーーが、目を丸くした。
「彼女が服を買いたいそうだ」
ルークが答えると、店主は驚いたように私を見た。
「神官さま?」
「あ、いえ」
「まあ、そんなもんだ」
いちいち説明するのが面倒なのか、ルークは頷く。
そうか。神官のほうがルークに迷惑がかからないのかもしれない。
「まあ、それでしたら、こちらの方に良いドレスが」
「いえ、あの。私手持ちが少ないので、平民の方が着る一番安い服で構わないのですが」
私は慌てた。ルークに合わせて選ばれたら、絶対に買えない自信がある。
「え?」
店主は目を丸くした。
「ルークさま?」
「すまんな。そのように頼む」
ルークが頷くと、店主は珍しいものを見るように私を見つめる。
「いやあ、面白いお嬢さまですなあ。さすが神官さまは欲がない」
店主はそう言って、奥からシンプルなワンピースを三着ほど持ってきてくれた。水色、白、紺地で、それぞれ素敵だった。
庶民が着る服なので、仕立てもシンプルだけれど、お洗濯にはとても強そうな生地だと思う。
「これ、おいくらですか」
「こちらは、全て、三銀貨ですね」
「わわっ。本当ですか!」
私が頂いたお給金は、十銀貨。買える! 嬉しい。二着くらいが妥当かなあ。
「あの。試着とかってできますか?」
「ああ、あそこのカーテンのところでしていただけますよ」
店主はにこやかに笑って、奥の試着室を指さした。
「あの、三着とも試着して、二着しか買わないのって迷惑でしょうか?」
「全然大丈夫ですよ」
「ありがとうございます!」
私は頭を下げると、ワンピースをもって試着室に入った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます