勉強会
翌日の放課後、私は約束通りエリザベスを図書館に誘った。
本当は今日、部活があるから別の日が良かったんだけれど、部活を理由に抜けるのがベストだと思ったのだ。あまり自然に抜け出る理由ってないから。
学院の図書館はとても大きい。三階建てで、地下まである。勉強できる机があるのは、地下と三階。
あらかじめ、今日は三階に席をとることはグレイに話してある。
私は出来るだけ不自然にならないように、エリザベスを三階に誘導して、横並びに席をとった。
窓際のかなり奥の席だ。二人のために人の視線があまり気にならない場所にした。二人は婚約者同士なので、噂になって困るとか言うことはないけれど、とにかくグレイがヘタレ、いや、シャイなので、そのほうがいいだろう。
「私、こうやってお友達と勉強するの、初めてなの」
恥ずかしそうにエリザベスが笑う。
「私もです」
私は頷く。ああ、もう本当、二人で勉強するだけなら、こんなに胃が痛むことはないだろうなあ。
教科書のページをめくりながら、そっとため息をつく。
「どうしたの?」
エリザベスが私のため息に気が付いたらしくて、心配げな顔をする。
「テスト勉強って、大変だなあって思いまして」
私は慌てて言い訳する。しまった。エリザベスは周囲に目を配れるひとなのだ。迂闊なことは出来ない。
「そうね。アリサは特待生だから、プレッシャーが大きいかもね」
「はい」
そういうことにしておこう。正直、勉強も大変だけど、それは覚悟の上だった。今のしかかっている問題は、それとは全く無関係なことだ。
これというのも、ルークが悪い。いや、まあ。学院貨幣欲しさに厄介な依頼を引き受けてしまった自分が一番悪いのだけれども。
「ここ、一緒にいいかな、トラウ嬢?」
やっとやってきたグレイは私に話しかけた。
だめじゃん! なんで私に許可取るの? そこはエリザベスに聞くところでしょう!
「えっと、よろしいですか? エリザベスさま」
言いたいことはものすごくあったけれど、とりあえずそのことは触れずに私はエリザベスに話しかけた。
「ええ、どうぞ」
エリザベスが頷くと、グレイはほっとしたようにエリザベスの前に座る。
よし。これで依頼は達成だ。
あとはタイミングを計って、部活に向かうだけ。
「ねえ、アリサ、この問題だけれど、どうしたらいいのかしら」
「ああ、それは、テキストのこのページに詳細がありまして」
エリザベスに質問に答えてから、しまったと思う。
ここは、グレイに振るべき案件だった。
よし。もうそろそろ、お邪魔虫は消えたほうがいいかな。時計をちらりと見るともう部活はとっくに始まっている。
「トラウ嬢、ここは、どういう意味なんだろうか?」
今度はグレイが私に質問をしてきた。
だ・か・ら!
なぜ、私に質問するのですっ! そこはエリザベスに質問するべきでしょうに!
「あっ!」
私は突然声をあげる。大きな声ではないが、静かな図書館では思ったより響いてしまった。
「どうしたの? アリサ」
エリザベスが首をかしげた。
「私、今日は部活だってこと、忘れてました! すみません。ここで失礼します!」
「え?」
エリザベスとグレイが目を丸くする……えっと。エリザベスはともかくグレイが驚くことはないと思う。打ち合わせ済みなんだし。
「誘っておいてすみません。エリザベスさま」
私は荷物を慌ててまとめながら、エリザベスに詫びる。
「ううん。お兄さまによろしくね」
「……はい」
これだけ遅刻して行ったら、きっと怒られそう。
「では、失礼します」
「トラウ嬢」
去り際にグレイに呼び止められた。
「その……ルークによろしく伝えてくれ」
「了解です」
私は丁寧に頭を下げて、図書館を出た。
部室の扉を開くと、みなの視線を感じた。
「すみません。遅くなりました」
とりあえず頭を下げて、資料棚の方へと向かう。
「何やってたんだ?」
「えっと。私用です」
怪訝な顔をするルークに答えながら、棚から本を取り出す。
「その本よりも、こっちの本の方がわかりやすいぞ」
わざわざ、ルークが座っていたのと違う机に座ったのに、なぜかルークがやってくる。
親切なんだろうなとは思う。だけど、相変わらずルークが何か言うたびに新しく入った子たちがこちらを向く。正直言って怖い。
「マクゼガルドさま、私はもう大丈夫ですので、どうかご自身の研究を進めてください」
「俺とお前の研究は視点が違うだけで、同じだ。別に困らない」
にこりとルークが笑う。
私は、テラバリの反乱という、この国のある地方で起きた反乱について調べているのだけれど。ルークはその民衆側からの視点で調べているらしい。
いや、もう。残念ながら、たぶん偶然じゃない。研究テーマを探す段階で、私、かなり誘導されちゃった気がする。
とはいえ。ルークの薦めてくれる本は本当にわかりやすい。やっぱりすごい人なのである。
私以外の新入生にも同じ態度をとっているなら、私も気兼ねなく話せるのだけれど、今のところ特別扱いされているかのようで、居心地が悪い。
「そう言えば、お前、殿下に何を話したんだ?」
ルークはちろりと私を見て、他のひとにあまり聞こえない小さな声で話す。
「お前のことを知っているのか、やたら聞かれたぞ」
「ええと」
何をどう話したらいいのか、いろいろ迷う。
「殿下に突撃しろと、おっしゃったのはマクゼガルドさまです」
私は大きくため息をついた。
「おかげで、面倒なことになりました」
「面倒なこと?」
ルークは興味を引かれたようだった。愚痴の一つも言いたいところだけれど、さすがにグレイがヘタレだったことを話すのはためらわれた。
「少なくとも、ご心配なさるようなことは何もなかった、とご報告しておきます」
「ん?」
「お二人、きっとうまくいきますよ」
どう考えても二人とも好き同士だ。あとはコミュニケーションがうまくいけばそれでいい。
今日のことで少しでも二人の距離が縮まったと思いたい。
「……そうか」
ルークが少しほっとしたような笑みを浮かべる。
その優しい笑みを作ったのは自分だと思うと、ちょっとだけ誇らしい気持ちになった。
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