グレイ 2
「私がエリザベスさまに伝言するということでしょうか?」
直接告白できないから伝えてくれってことなのかな。
「違う。その。エリザベスに伝えても、多分、エリザベスは私のことをなんとも思っていないのだろう? 簡単に解消してもいいと言っているなら」
「ええと」
そんなことはないと思うんだけれど、ここで「お二人は両想いですよ」と二人に教えても、たぶんお互いに納得しないだろうなあとは思う。
「トラウ嬢の言ったとおり、私はプレゼントを贈ることで気持ちを伝えているつもりになっていた」
グレイの表情は暗い。
「プレゼントはたぶん、エリザベスさまも喜んでおられたと思いますよ。殿下が、エリザベスさまを婚約者として大切になさっていることは、多分伝わっております」
直接聞いたことはないけれど、原作のエリザベスはそうだった。
「ではなぜ?」
「物は愛を語りません。いえ、愛を伝えるかもしれませんが、それはあくまでも言葉が先に伝わってこそだと思います」
普通の恋人同士なら、それだけでもいいのかもしれない。
だけれど、二人はもともと婚約者で、気持ちがなくても添うことが決まっている。プレゼントが嬉しくても、それが義務かもしれないという不安はあって当然だと思う。
「愛を語らない……」
グレイは頭を抱えた。
「殿下は、プレゼントの時、ご自身で渡されたりなさるのですか?」
「……最近は、ドレスなどが多いので直接マクゼガルド家に届けさせていた」
届けさせていたということは、直接ではないのだろう。それがいけないわけではないけれど。
「その際、エリザベスさまにお手紙などはお書きになりますか?」
「いや、私はその……筆無精なほうだから」
ずんずんとグレイは落ち込んでいくようだった。
「殿下が直接プレゼントを渡せないのは、仕方ないことだとは思います。でも、せめて一言カードなどを添えられてあれば、殿下のお気持ちはもっと伝えられたのではないでしょうか?」
そうだ。原作でエリザベスの誕生日のプレゼントにせめて『おめでとう』の一言が入っていたら、きっと話はもっと簡単だった。
「殿下」
これはチャンスだ。原作を改変できれば、私が闇落ちしなくてもいいかもしれない。
「エリザベスさまのお誕生日が近いと聞いております。プレゼントはご用意なさいましたか?」
「無論だ。今年は青いドレスを作らせている」
頷くグレイ。
青いドレス。つまり、グレイの瞳の色だ。思いっきり、所有権を主張するようなドレスなんだろうなあとは思う。もちろん、エリザベスもそれを見たらほんのりと期待はするのは間違いない。
「お手紙、それが無理ならカードの一つも添えてくださいね」
「……なるほど」
グレイは頷いた。
「トラウ嬢も招待されているのか?」
「へ?」
私は首をかしげる。
「いや、マクゼガルド家と親しいみたいだから」
「招待はされていません。そもそも行けません」
私は苦笑する。
「そんな雲上人しか行かない場所に行ったら、ご迷惑になるだけですので」
ドレスもなければ、マナーも知らない。そんな私が参加したら、恥をかくのは私一人ではない。招待したマクゼガルド家にとっても傷になる。
「なるほど。確かにルークの言う通り、変わっている」
くすっとグレイが笑う。
「マクゼガルド家の誕生会なら、何としても行きたいという者の方が多いだろうに」
「そうでしょうねえ」
それはそうだ。公爵家の開く夜会である。しかも皇太子も来ることが決まっているのだ。男女問わず、参加したいと思うに違いない。
原作だって、たくさんのひとが訪れていた。
そう、にぎやかな夜会だったのだ。ただ、婚約者である皇太子が突然帰ってしまって。結局、エリザベスは誰とも躍ることなく、一人で夜の月を見上げていた原作の哀しいあのシーンを思い出す。
「そういえば、帝妃さまは、魚介が好きだとおききしましたが?」
「ああ、まあな」
何を突然という顔をされた。まあ、自分でも唐突だったとは思う。
「ひょっとして、生食されますか?」
この世界の人たちは魚介を生食をすることもある。醤油はないけれど。塩とか酢で食べる。
ふと、そのことに気が付いた。
帝妃は胃腸炎か何かで倒れたっぽい。もちろん皇室が食するものはきちんと厳選されたものであるとは思うけれど。
「ああ。母上は、わりと生の魚が好きだな」
グレイが頷く。
「あの。突然変なことを申し上げますけれど、氷魔術って、港に水揚げしたときかけますから、夏場はあまり鮮度を過信しない方がいいと聞いたことがあります」
皇室に献上されるものなら、鮮度は当然気を付けているとは思うけれど。
「港から遠いところで捕った魚は、少しずつ鮮度が落ちていきます。もちろん鮮度が落ちないように血抜きしたり工夫しますけれど」
本当は船で氷魔術を使えば一番いいけれど、漁港のある田舎の町に魔術を使える人間はそんなにいない。
そもそも魔術を使える人材は少なくて、ふつうの平民はせいぜい火を灯せればいいほうなのだ。
「ですから、夏場の鮮度は、冬よりもはるかに落ちてしまうのです」
「そうなのか?」
グレイは驚いたようだった。
「もちろん、高貴なかたに雇われているシェフは当然、そのことはご存知だとは思いますけれど」
「そうだな。確かに夏場は、火を通したものが多い気がする」
グレイは顎に指をあてる。心当たりがあるらしい。
「肉でも魚でも、これからの季節は火が通っているものの方が安全だな」
「あの。僭越ですが、これからの季節、生食にはくれぐれもお気をつけ頂くようお願いできますか?」
「え? ああ」
突然変なことを言いだした私にグレイは当惑しているようだ。
脈絡もなく、変なことを言っている自覚はある。だけど、帝妃が倒れなければ、エリザベスの誕生会で、皇太子グレイが、帰ってしまうことはない。
「絶対ですよ」
私は念を押す。誕生会が成功するかどうかのフラグは、まずそこにある気がする。
「……しかし、それとエリザベスと何の関係がある?」
グレイが首をかしげる。その気持ちはわかるけれど、大切なことなのだ。説明はできないけれど。
「あとは、そうですね。テストも近いですから、図書館などで一緒に勉強しようとお誘いになるとかはいかがですか?」
深く追及されると困るので、私は話を切り替えた。
「一緒に勉強!」
グレイの顔が朱に染まる。純情なんだなあ。一途だっていうのが伝わってくる。ヘタレなのが残念だけれど。
「ど、どうすれば、いいんだ?」
「別に、エリザベスさまをお誘いするだけですよ?」
「そんなの無理だ!」
グレイは絶望的な顔をする。
「頼む。何とかしてくれ!」
「何とかって言われましても」
図書館に一緒に行こうって言うこともできないって、どんなけ自分に自信が無いんだろう。
そう言えば、エリザベスは、昔、殿下によく反発したって言っていた。それがトラウマになっているのかもしれない。
「えっと。では、殿下にわかるように私がエリザベスさまをお誘いします。エリザベスさまがご承諾なさったら、殿下は後から図書館にいらっしゃってください」
「ふむ」
グレイは頷いた。
「殿下がいらっしゃったら、私は理由を作って、席を外しますので」
「外すのか?」
グレイが困ったような顔をする。
「あの……外さない場合、私は何をしたらよろしいので?」
「うっ、そ、そうか」
グレイは慌てて納得する。
「とりあえずそのようにさせていただきます」
「ああ、よろしく頼む」
皇太子であるグレイに思いっきり頭を下げられて、ふと思う。
これ、他の人が見たら、私がグレイに擦り寄っているように見えるかもしれない。
そう思ったら、思わずため息が出た。
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