エリザベス

 午後の授業は、魔術の基礎学習。

 先生は担任のフェベック・ヴァルナー。

 今日は外での実践。場所は学校の裏の林で、ペアを組んでの授業ということになった。

 ちなみに、私はエリザベス・マクゼガルドとだ。

 魔力量のバランスで、あまりに力の差がありすぎるといけないそうで、ヴァルナーに決められてしまった。

 広いグランドで、間隔を空けて並び、ペアそれぞれの前に植木が置かれている。

「よろしくね。トラウさん」

 エリザベスがにこやかに微笑む。

 ほえーっと見惚れてしまうほど美しい。

「こちらこそよろしくお願いいたします」

 今まで、どちらかと言えば避けていたけれど、ちょうど、エリザベスの兄のルークに見守るように言われたばかりでもある。

 それに強制なので、どうしようもない。

「えーそれでは、二人のうちの一人が、大地のエーテルを集めて自分の魔力と一緒に、もう一人に渡す。もう一人がそのエーテルと魔力を受けて、目の前の植木に自分の力とともに注ぐ」

 ヴァルナーが説明を始める。

 今日の授業は、魔力の受け渡しの練習だ。

 大きな魔術を使うときは、数人で魔力の受け渡しをして力を強めて発動させることがある。

 これは、その基礎練習。たいていは、戦闘などで使われるものだが、授業なので、植物の成長速度を高める魔術で実戦するのだ。

「トラウさん、どちらをなさりたいですか?」

「私は、どちらでも」

 原作のエリザベスは、少し他人にキツイ印象があった。朝のフィリアとのやりとりなんかは確かにきつかったけれど、今のエリザベスは、とても柔らかな印象を受ける。正直に言おう。めっちゃ可愛い。

 どうして原作の私は、こんな素敵なエリザベスを悲しませるようなことをしたのだろう。

「そうなの? だったら、私エーテルを集めるの苦手だから、そちらを頼んでもよろしくて?」

「はい。わかりました」

 私は頷く。

 もちろん。苦手といっても、本当に苦手かどうかはわからない。エリザベスの魔力は、国でも指折りと言われている。

「よし。準備の出来たところから、始めていいぞ」

 ヴァルナーの合図で、一斉に皆が集中を始める。

 私は、目を閉じ、エリザベスと手を重ねてから、地面の奥まで根を張るかのように、意識をはりめぐらせる。

 そのまま、力を一気に吸い上げて、自分の力とともにそれをエリザベスへと流していく。

 エリザベスの才能なのか、私との相性が良かったのかわからないけれど、力は思ったより簡単に流れた。

「育成促進!」

 エリザベスの口から力ある言葉が発せられると、目の前にあった植木は、あっという間にひとの三倍ほどの高さに大きくなり、枝葉を広げ、白い花をつけた。

「う、嘘」「何?」

 周囲がどよめく。

 周りを見渡してみると、花まで咲かせたのは、エリザベスと私の組だけだったらしい。

「おおっ、すごいな。エリザベスとアリサのペアは、このクラスで最強かもな」

 ヴァルナーが成長した木の幹に手を当てて、微笑む。

 クラスメイトの視線が痛い。

「トラウさんのおかげですわ」

 にこりとエリザベスが微笑む。

「いえ。マクゼガルドさまのお力だと思います」

 謙遜でもなんでもなく、実際にそうだと思う。

 授業が終わり、私たちは二人並んで教室に戻りながら、会話する。

「あの……朝は、庇っていただきまして、ありがとうございました」

 私はもう一度頭を下げる。

「え? ああ、あのことね。気にしないで。私が気に入らなかっただけなのだから」

 エリザベスは首を振った。

「あの人、夜会とかでも、何の落ち度も無い使用人に酷いことを言ったりするの。よその家の使用人に文句を言うって、それは家主に文句を言っているも同然なのに、それも気づいていないみたいなのよ」

 ひょっとしたら、マクゼガルド家主催の夜会で何かあったのかもしれない。

 私の世界は学院内だけだけれど、貴族の令嬢や子息たちは、既に社交界デビューしている。婚約者がいるのも普通だし、朝みたいな陰険な漫才をすることもあるのかもしれない。

「でも私のせいで、何かご迷惑をお掛けしたらと思うと」

「あら。あの人、私に何かするような度胸はなくってよ? それよりあなたへの風当たりが強くなるかもしれないって、後で気がついて。余計なことをしてしまったかもと思うのだけど」

 庇ってくれただけでなく、その後の心配までしてくれるなんて、本当に天使みたいな人だ。

「大丈夫です。私は、図太いので」

 握りこぶしを握って、笑ってみせる。

 自分が闇落ちする恐怖に比べたら、ちょっと悪口言われるくらいどうということはない。

 そう言えば。

 原作の私はエリザベスにいじめられていると吹聴しまくっていた。

 現実は、エリザベスに助けてもらったわけだけれど。

 これは原作と現実が本当は別ものだと思っていいのか、それともここから先、原作に近づいていくのだろうか。

 こんな素敵なエリザベスを陥れるなんてとんでもない。

 それにしても、ここで、私がフィリア・デルナーゼ侯爵令嬢にいじめられたのは事実で、私の自作自演ではない。明らかに原作と違う。

 ひょっとしたらエリザベスの幸せを見届けて、私が闇落ちしない未来もあるのかもしれない。

 ほんの少しだけ、息がしやすくなった気がした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る