見守りを頼まれました
お昼の食堂は戦争だ。
もちろん、食事は十分に用意されているけれど、デザートなどの嗜好品は数が少ないこともあって、みんな殺気立っている。
私は基本C定食なので、困らないけれど。
一番の問題は、座席は早い者勝ちというところ。
食堂は広くて席も十分にあるのだけれど、仲良しさんと一緒に気に入った席で食べたいと思うと、かなり大変だ。
私は窓から遠い、隅っこの席。なぜか人気がないこの席は、私のお気に入りだ。どのみち、絶賛ぼっち中だし。でも食事は一人の方がいい。私のような貧乏人はいつも同じC定食だけど、普通の人はたまにデザート食べたり、豪華なものを食べたりしたいだろうから、変に気を使わせたくない。
貴族に限らず、平民でもここに来る平民はみんなお金持ちが多くて、食事は贅沢していたりするのだ。
同室のマリアとはとても仲良しになったけれど、あまり食事は一緒にしない方がいいなって思っている。
マリアに食事のことで、気を使わせたり、気を使ったりとか嫌だから。
「隣、よろしいですか?」
柔らかい聞き覚えのある声だなと思って顔を上げると、カンダスとルークが立っていた。
窓際の方をみると、あちらは満席だ。場所がなかったのだろう。
「どうぞ。私はもうすぐ終わりますので、お気遣いなく」
慌てて手を止めて、頭を下げる。
「バーカ。そっちこそ俺たちに構わず、ゆっくり食べろ」
「……ありがとうございます」
正直、カンダスはともかくルークが隣に来ると、少なからず視線の流れ弾が飛んでくるので、ゆっくりなんて気分にはなれないのだけれど。
カンダスはどうやらB定食。ルークはC定食にデザートだった。
それにしてもルークは公子さまなのに、この前もC定食を食べていた。今日はデザートのための倹約だろうか。それとも嫌いなものでもあるのかもしれない。
「トラウ嬢は一人なの?」
「はい。その方が気楽なので」
「この前のロバス・ラーズリとかは一緒じゃないのか?」
「へ?」
なんで、ロバスが、と思ったけれど。思いっきり名前呼びされていたから、下手したら付き合っているくらいに思われていたのかもしれない。
「ラーズリさまは、ただのクラスメイトです。たまたまお友達になっていただいただけで、そこまで親しいわけではありません」
私は苦笑する。自分のためというより、ロバスのためにも誤解は解いておいた方がいい。平民の私と噂になったら、きっと困るだろう。
「そうなの? 少なくともラーズリ君については、あなたをただのクラスメイトと思っているようには見えなかったけれど?」
カンダスが首をかしげる。
「それは、ラーズリさまに失礼かと。私のような平民にそのようなことはありえませんから」
そもそも、私に出来た事が、彼に出来なかった。そのことの謝罪から生まれた関係で、そこに色めいたものはないのだから。
「なるほど。少なくともトラウ嬢は、なんとも思っていないということだね」
カンダスが面白げに頷いた。
それはその通りなんだけれど、なんかその笑みの向こうで考えていることが、私と違う気がしなくもない。
「当たり前です。貴族のかたに懸想するなどとんでもございません」
私は首を振る。
「平民の娘は、貴族の男を捕まえようと必死になるものではないのか?」
ルークの言葉は冷ややかだ。嫌なことでも思い出したのかもしれない。その言葉は偏見に満ちているけれど、ひょっとしたらルークの前ではみんなそうなってしまうのだろうなと思う。
「それはある意味仕方がない事かと。商家の娘さんの場合は、親からせっつかれている可能性も高いですから、必死になって当然かと思います。貴族でない人生を送ったことのない、マクゼガルドさまには、ご理解いただけないかもしれませんが」
「何?」
「私たち平民から見れば貴族の方々は雲の上の方。その雲の上にのれるかもしれないと必死で夢を見ているのです。それを分不相応だから醜いと思われているのなら、その通りなのでしょうけれど」
ただ、それは平民に関わらず、貴族だってそうだ。
ルークのように頂点に近い人にはわからない真理なのだろうと思う。確かに人を押しのけて相手の気持ちも考えず幸せを奪いとろうとしてしまうのは美しくはない。美しくはないけれど、それはある意味、人間として自然なことだとも思う。
「トラウ嬢はそうしないの?」
カンダスが訊ねる。
「私は……」
それを目指したら、原作の自分と同じになってしまう。最終的には、完全に闇に染まって、エリザベスを傷つけようと牙を向けることになるだろう。
そんな自分になりたくないと思ったら、そっちを向いてはいけない。
「私もいつそうなるかわかりませんので、先輩方は気を付けられた方がいいかもですね」
冗談めかして、私は肩をすくめた。
冗談で済めばいいなと思う。私は私のことを一番信じていない。
「お前はそうはならないと思う」
ぽつりと、ルークが呟く。
「どっちかというと、断れない相手に見初められてしまうタイプだ」
「……そうでしょうか?」
「その傾向は既にみられますね」
カンダスが頷く。
どこにそんな傾向があるのか自分では全くわからないし、原作のアリサは、それとは真逆だった。
「ま。困ったら俺に言え。なんとかしてやる」
ルークが口の端を少し上げた。
「えっと。ありがとうございます?」
「何故疑問形なんだ?」
「部活の先輩にそこまで頼っていいものかどうかと」
正直に答えると、くすくすとカンダスが笑った。
「大丈夫だよ。トラウ嬢。学院で作った人脈は、一生続く。ルークに言えないなら、僕でもいいからね」
「はい。ありがとうございます」
そんな可能性はゼロだと思うけれど、頼っていいと言われたのは、とても嬉しかった。
「……ジェイクの言うことは素直に聞くのかよ」
「人徳だね」
すねるルークに微笑むカンダス。
この二人の優しさを裏切るようなことはしたくないなって思う。
「そう言えば、お前、俺の妹と同じクラスだったな?」
デザートに手をのばしながら、ルークが私を見る。意外と甘いもの好きのようだ。口に入れると一瞬だけ、すごく幸せそうな顔になった。
「はい。そうですが」
嘘をつくことでもないので、私は素直に頷いた。
「皇太子と、エリザベスの様子は、どう見る?」
「……その、あまりに見ては不敬と思い、見ないようにしておりましたので」
見ないようにしていたのは本当のことだ。理由は違うけれど。
「しばらく二人の様子をさぐってくれないか?」
「様子?」
「あの二人、十歳のころから婚約しているが、最近うまくいってないみたいなのでな。ちょっと不安なのだ」
ふーっとルークはため息をついた。
「無論。政略結婚だから、当人同士がどう思っていようが、関係ないといえばそうなのだけれど。エリザベスがあまりにつらい思いをするなら、考えなおした方がいいと思っていてな」
そういえば。原作でもお互いに好きなのに、気持ちがすれ違っていたように思う。
私が邪魔しなくても、両想いなのだから大丈夫と思っていたけれど、違うのだろうか。
「……なぜ、私に?」
「簡単だよ。トラウ嬢は貴族じゃない。勝手に自分の都合で真実を曲げたりしない」
カンダスの言葉はある意味正しいのかもしれない。
貴族の権力闘争など私には関係ない。けれど。私は、皇太子に擦り寄り、エリザベスを孤立させようとするかもしれない。自分がしっかりしていれば大丈夫と思いたい。けれど。
「ただとは言わん」
ルークが扇のように開いてみせたのは、学院貨幣。
もちろん私は学校から食費の分の学院貨幣をいただいてはいるのだけれど、それは必要最低限のものだ。
これだけあれば、月一くらい、デザートを食べることも可能かもしれない。
「……わかりました」
C定食で十分と思いつつも、やっぱりデザートには憧れがあって、つい頷いてしまった。
見ているだけなら、問題ないかもと、自分に言い訳しながら。
それにしても。二人が本当にすれ違っていたとしたら、どうしよう。私は二人に幸せになってほしいのだ。邪魔をする気はないのだけれど。
デザート食べたさにルークの依頼を引き受けた私は、原作の強制力のことを甘く見ていたのかもしれなかった。
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