部活動
一緒に登校したマリアと廊下で別れて、教室に入ると、なぜか中にいた全員が私を見た。
昨日の蔑みを含む視線とは違うようだけど、なんかやりにくい。
「おはようございます」
誰にともなく挨拶をして自分の机に座る。
「おい、お前」
近づいてきたのは、ロバス・ラーズリ。
なんだか顔が怖い。随分と険しい顔をしている。
「ラーズリさま?」
喧嘩でも売られそうな雰囲気だ。とはいえ。貴族の売った喧嘩を買って得することはひとつもない。
媚びるつもりはないけれど、低姿勢でいかなければと緊張する。
「すまなかった」
どうしようかと思っていると高圧的な感じから一転して、ロバスが頭を下げた。
「昨日、お前が使ったという呪文を試してみたが、発動もしなかった」
ロバスは悔しそうな顔をする。
「先生が、お前を選んだのは、お前が優秀だったからだ。その事がよくわかった。それを俺は最初からお前を下に見て、嘲って。本当にすまない」
「……あ、あの。優秀というよりも私は風の神オーフェを祀る神殿で暮らしていたので、風のエーテルとは相性がいいからなのかもと思います」
「神殿?」
ロバスは不思議そうな顔をした。神殿の人間が、どうしてこの学校に来たのか理解できないのだろう。
「私は神殿で育てられました。まだ、神官になる儀式はしておりませんので、神殿で生活していたというだけですけれども」
「へえ、すごいんだな」
「……すごくはないと思いますが」
私は首をかしげる。すごいのは、孤児の私を育ててくれた神官長だ。養うだけでなく、私の魔力を活かすためにと、この学校に入るための勉強も教えてくれた。小さな貧乏神殿にいるのが不思議な人だと思う。
「いや、お前はすごい。それがわかった。特待生だもんな。これからはいろいろ教えてくれ」
私はちょっとたじろぐ。
昨日の今日で、こんなに態度が変われるなんて、ある意味この人、すごいなって思う。
「では、私はマナーなどは全く分からないので、ご不快に思われるようなことがありましたら、教えていただけるとありがたいと思います」
「わかった。何かお前を誹謗するようなやつがいたら、守ってやる」
ロバスが力強く頷く。
「えっと。そういう意味では」
「とにかく、今日からお前は友達だ。仲よくしよう」
「……はい」
私はよくわからないまま頷く。
まあいいか。ロバスは原作ではそれほど重要ではないキャラだった。友達になるくらいで、私が破滅に向かうわけでもないと思う。
始業のチャイムが鳴り、ロバスとの会話を打ち切って私は授業の用意をする。
そういえば、アニメでもチャイムだったなって思う。
妙に日本的だけど、日本のアニメだったものね。
もっともこの校内放送は、魔術を使っているのだけど。
魔術の授業があることをのぞけば、日本の学校そのものなのかも。もっとも前世の学校の記憶はぼんやりとしているから、よくわからない。
ただ。前世の記憶が鮮明すぎては、今の自分がなくなってしまうような気がする。
前世の記憶は、今生をよりよく生きるためだけに使おう。そう思いながら、私は教科書に目を落とした。
午後の授業は、講堂で部活動の説明会が行われるので、食堂で昼食をとった後、講堂へと移動する。
席は、入学式と同じ席。
日本の学校もスクールカーストがないわけではないけれど、この世界のカーストはそのまま世界の縮図であって、絶対に覆せないものだ。
アリサはここまで努力でたどり着いた。
たぶん、原作のアリサは、さらに上を目指して間違った努力をしたのだと思う。
そう思うと切ない。
壇上では、部活動の説明会が始まっている。
キャーという黄色い声援が起こったと思ったら、超美形が、剣術部の紹介をしていた。
あれも確か、原作の主要キャラだ。
レイノルド・ナーザント。確か三年生で皇太子の側近だった。
ちなみに、剣道でもフェンシングでもなく、剣術部なのは、原作通り。見た目は剣道よりは、どっちかというとフェンシング寄りかも。
ひととおりの説明が終わると、入りたい部活の部室へと移動する。無論、すぐに入る必要はなくて、いくつか体験してから入部ってことも可能だけど。
原作は部活があることは示唆されていたけれど、はっきりどの部かわかっていたキャラは少ない。
エリザベスは刺繍部で、グレイはチェス部だったかな。
アリサの部活なんて一行も書かれてなかったけれど、最初だけはどこかに所属しないといけない決まりなので、どこかに入らなければならない。
正直、どこに入るか迷ったのだけれど、『歴史研究部』に入ることに決めた。
歴史は好きだし、お金もかからないし、部の紹介に出てきた三年生は、原作にいないパッとしない人だったというのが大きい。非常に申し訳ない理由だけれど。
歴史研究部にあてられた部室の前には誰もいなかった。何だろう。そこまで人気のない部活なのだろうか。
扉をノックして、声を掛けると、扉ががらりと開いた。
「おおっ、可愛い女の子だ!」
喜びの声をあげたのは、眼鏡をかけた男性。えっと。ネクタイを見ると二年生かな。
部屋の壁面にはたくさんの書物が並んでいる。教室のように机が並べられていた。部員は全部で四名なのかな。女性はひとりだけで、あとは全部男性だ。一年生の姿は見えなかった。
「歴史研究部にようこそ」
そう言ったのは、さっき壇上でお話していた部長さん。ダークブラウンの髪に黒い瞳。
どちらかといえば端整な顔だけど、美形がわさわさいるこの学院ではめだたない。
「入部したいのですが」
私は頭を下げる。
「うちは、体験入部はやっていないんだ。それでもいい?」
「はい」
私は頷く。
「説明をもう一度すると、うちは一年かけて一人一つ歴史研究をする。テーマは自由。研究結果はまとめて、一冊の冊子をつくる。部活動自体は非常に地味だが、毎年その研究結果の冊子は、国の歴史編纂室に納めることになっている」
「はい」
「それがこちらの冊子」
部長さんが一冊の冊子を私に手渡した。
「拝見しても?」
「ゆっくり見て。どんなことをやっている部活だと理解してほしいから」
「はい」
私はパラパラと中身を見る。
すごい。歴史の教科書より詳しいかも。え? これ、全部ゆっくり読みたい。
「あの。この本お借りできませんか?」
「気に入ったの?」
「はい。とても面白そうです」
部員全員の競書になっているから、それぞれ扱っている時代や地方が違ったりするのだけれどとても興味深い題材だ。
「入部する?」
「……ここまでのことができる自信はないですけれど、ぜひ」
大変そうではあるけれど、すごく楽しそう。それに個人研究だから、ある程度時間に融通ができそうだし、何より資金があまりかからない。
部費は免除にはならないので、実費を払わないといけない。そういったことも、私的には重要だ。
私は、入部届にサインをした。
「アリサ・トラウ君か。私は、三年生のジェイク・カンダスだ。ここの部長をやっている」
「よろしくお願いします」
私は丁寧に頭を下げた。このひとは原作に出てなかった人だけれど、貴族だろうなあと思う。所作が綺麗なひとだ。どのくらいの階級のひとかはわからないけれど。
「あっちの女性がリンダ・メイシン嬢。副部長だ」
「よろしく」
丁寧に女性が頭を下げる。落ち着いた感じの美人だ。いかにも才女っていう感じがする。
「よろしくお願いします」
「それから、二年生のライアン・グルーと、カーナル・ブリザン」
先ほどの扉を開けてくれた方が、ライアン・グルーらしい。
「よろしく」
「よろしくお願いします」
「あと、もう一人いるんだけど」
カンダスが説明しようとした時、扉が開いた。
「え?」
入ってきた人物を見て、私は固まる。
アイスブルーの髪をした、ルーク・マクゼガルドだった。
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