学生寮

 国立魔術学院は全寮制である。

 とはいえ、皇族や上級貴族と、平民の私が同じところで生活するわけではない。

 この学院は『学問』については平等だが、そうでない場所はあきらかなヒエラルキーがある。

 寮は三つのエリアで構成されている。

 ファーストエリアは、豪華な寮。実際に見たわけではないが、原作知識によるとキッチンやバス・トイレ付。使用人も一緒に住み込んでいる。敷地内には専用のオシャレカフェなんかもあったりする。

 ちなみに、そのカフェはファーストエリアの住人は無料だけれど、私たちが使用するときは、料金を払わないといけない。その経営費が上級貴族の莫大な寄付金で成り立っているのだから、当たり前と言えば当たり前だけれど。このエリアにいるのは、国の重要人物ばかりで、当然警備も厳しい。衛士が常に駐在しており、巡回もしている。

 セカンドエリアは、食堂、購買などの共同スペースと、中級から下級貴族用。

 こちらはそこまで豪華ではないけれど、個室。トイレはあるけど風呂はない。使用人が住みこむことは無理だけど、通いで来てもらっている人もいるらしい。

 サードエリアは、下級貴族および平民の寮と、住み込みの職員用。私は当然ここである。

 平民のほとんどは商家の人間。この学校の授業料はかなり高いので、普通の市民は入れない。

 例外は、私みたいな特待生。特待生の人数は全学年でも、五人だという話だ。

 こちらは相部屋で、二人で一部屋。トイレ、風呂は共同。

 寮の待遇の違いは、支払う金額の違いなので仕方ないと言えば仕方ない。私なんて特待生だから学費と寮での生活費は免除されているし、少額だけどお小遣いもいただいている。贅沢なことはいえない。

 とはいえ。

 きちんと勉強机がふたつあるし、ベッドもふたつある。小さいけれどクローゼットなんかも二つあって。神殿での私の部屋よりずっと広かった。

 別に神殿で私が虐げられていたわけではなくて、神殿の神官の私室って、本当に私物が何もないのが普通だ。神官の生活って、本当に『清貧』て言葉がよく似合うとしみじみ思う。

 私と相部屋になったのは、マリア・ホヌス。平民の商人の娘なのだそうだ。商人の子が大金を払ってこの学院に通うのは、主に人脈作り。女性の場合は結婚相手を探しにということもある。マリアの志望動機は、聞いていないけど。

 彼女の家が裕福な証拠にクローゼットには何着も素敵なドレスが入っている。

 ちなみに私のクローゼットに入っているのは、神官服と古着のドレスが一着。衣類の補助は制服のみ。この世界の衣類はとても高価で、毎月支給されるわずかなお小遣いを積み立てないととても買えない。神官服とドレスは、神官長さまが入学祝いにプレゼントしてくれたものだ。

 なぜ神官服かと言えば、私の日常着がそもそも神官服だったから。私はまだ神官ではなかったのだけれど、神殿に住んでいる以上、神官服を着ていた。ほかに着るものがなかったということもあるけれど。

「ねえ、アリサ。あなた、皇太子さまと同じクラスなんですって? いいなあ」

 マリアは紫色の目にダークブラウンの髪。背は少し低めでちょっとぽっちゃりしている。

 ほわんとしていて、癒し系で、可愛らしい。

 孤児の私と同室とか嫌なんじゃないかな、と思ったけれど、同室が貴族じゃなくてよかったって笑ってくれた。

 学校外でも、ずっと気を遣うのは疲れるのだとか。わかる気がする。マリアみたいなお金持ちの子でも、爵位はないから軽く見られたりすることがあるのだろうなと思う。それに下級貴族相手なら、マリアの方が良いものを持っていたりするから、やっかみもあるかもしれない。

 私たちは部屋の両側に置かれたベッドに腰かけて、話をする。

 マリアは可愛らしい新しいパジャマ。私は着古した簡素なデザインのパジャマ。

 馬鹿にされてもおかしくはないけど、マリアは触れないでくれている。

「同じクラスでも、席もすごく遠いから、お話もできませんよ?」

 私は苦笑する。

「でも、ほら。一緒の空間にご一緒できるなんて、学生の間だけだもの。羨ましいなあ」

「……そうかもしれませんね」

 私は頷く。

 ここを卒業したら、もう雲の上のひとだ。二度と会うことはないだろう。マリアの言うこともわからなくもない。

「学院祭なんて、クラスでやるわけでしょ? ひょっとしたら、仲良くなれるかもよ」

「そうですね」

 私は相槌をうつ。

 原作の私は、そういうチャンスを使って、皇太子に近づこうとした。まあ、実際は一人で暴走していただけで、皇太子は全くアリサに興味なんてなかったのだけど。

「そう言えば、明日は、部活の説明会があるわよね。アリサは何部に入るの?」

「部活?」

「私はね、演劇部に入ろうと思うの」

 にこっとマリアが笑う。

「演劇?」

「うん。でもやりたいのは、お芝居じゃなくて、大道具ね」

「大道具?」

 意外な言葉に、私は驚いた。

「私、大工仕事が好きなの。親は女の子らしくないから、やめろってうるさいけどね」

 マリアはちょっとだけ肩をすくめる。

「アリサは?」

「私は勉強しないといけないから、あまりハードじゃないとこがいいです」

「そうよね。アリサは特待生だものね」

 マリアが頷いてくれる。 

「そろそろ寝ましょうか」

「そうね」

 私は立ち上がって、部屋に置かれたランプの灯をおとす。

「おやすみなさい」

 部活か……。

 私は、暗い天井を見上げる。

 前世の私は、学生時代、何していたのかあまり思い出せない。

 読んでいたラノベの方が、自分自身の人生より記憶にある。

 あえて思い出さない方がいいのかもしれない。私は、そっと瞼を閉じた。

 

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