重力軽減
入学式が終わると、各教室に分かれていく。
クラスは五クラス。一クラス二十人ほど。前世の日本で考えれば、少人数クラスといってもいいかも。
三クラスもあるのだけれど、私は、エリザベスと、グレイと同じクラス。これは原作と同じだ。
だからこそ、グレイにちょっかいを出すようになるのかもしれない。いえ、私はちょっかいを出すつもりはないけれど。
私の席は、教室の入り口側の端の一番後ろ。上位貴族の子息令嬢が前の方に陣取っていることから見て、これは、そういうことなのだろう。でも別に、視力に問題はないので、どうということはない。かえって、他の生徒の視野に入らなくて気が楽だ。
エリザベスやグレイと席が離れているのもありがたかった。視野に入ると、どうしたって見てしまう。たぶん関わらない方が、私の人生きっと平和だ。
「アリサ・トラウ、ちょっと来い」
「はい」
担任のフェベック・ヴァルナーに呼ばれて、私は教室の外に出た。
「教科書を運ぶのを手伝ってくれ」
「わかりました」
ヴァルナーはまだ若い男性教員だ。端整な顔だが、やや顔色が悪い。ひょっとしたら、皇太子の担任になったことで、胃痛を起こしているのかもしれない。甘いマスクをしているので、女子生徒の人気は高そうだが、ヴァルナー自身は原作ではモブ扱いの重要度の低いキャラ。というか。エリザベスはグレイに一途だから、他の男性に目がいかないせいかもしれない。
ヴァルナーとともに、職員室に行くと、大きな木箱を持たされた。
かなり重い。力には自信があったのに、持ち上げた途端ふらつく。
それを見て、ヴァルナーは眉根を寄せた。
「なぜ、お前に頼んだのかわかってないのか?」
「私が、孤児で、特待生だからじゃないですか?」
ふらふらしながら答える。重いので、それどころでは無い。
「違う。お前なら軽く持ち上げられるはずだからだ」
ヴァルナーはにやりと笑う。
貴族のお嬢さまがたよりは、怪力だと思うけど、さすがにこれは重い。
「神殿で日常系の魔術は習っていなかったのか?」
「点灯の術くらいは」
そんな雑談はいいから、早く教室に向かいたい。こんな重いものを持ったまま立ち話しなくてもいいのにと思う。
「今、風のエーテルを感じられるか?」
「はい」
私は風の神オーフェの神殿育ちだ。風のエーテルは他の元素に比べてわかりやすい。
「大地は?」
「少しなら」
風に比べて感じるのは苦手だけど、出来ないこともない。
「ならば、
何を言っているのかわからなかった。
「箱は大地のエーテルに引かれている。それが重さだ。それを柱と考えろ。その柱をできるだけ風のエーテルに組み換えるんだ」
「柱を組み換える」
わかるようなわからないような。
「呪文は、ただのキーだ。頭にイメージを作れなければ魔術は発動しない」
「はあ」
「大地と箱をつなぐ大地のエーテルで作られた柱の色を風のエーテルの色に塗り変えるイメージだ」
私は目を閉じた。大地のエーテルの茶色柱を風の白いエーテルに塗り直すイメージをする。
「重力軽減」
「重力軽減」
ヴァルナーに言われたとおりに唱えた。
ふわりと風のエーテルが動く。体の中に魔力が巡った。すると箱がまるで空っぽのように軽くなった。
「わっ。先生、軽くなりました!」
「だろう。お前なら出来ると思った」
満足げにヴァルナーが頷く。
おだてかもしれないけれど、少しうれしい。
本当の理由は、私が孤児で用事が言いつけやすかったのかもしれないけれど、神殿では『魔力が強い』と言われても、魔術はほぼ教えてもらえなかった。というより普通の勉強をするので精一杯だったというのもある。
魔術ってすごい。将来は絶対に魔術師になろう。
そのためには、けっして男に擦り寄らないようにしなければいけない。あと悪いお友達を作らないことも大事だ。
「特待生は、常に、成績上位でなければならん。くれぐれも気を抜くなよ」
ヴァルナーが微笑む。
「はい。ありがとうございます」
頷きながら。
ヴァルナーの言うとおりだ。私は成績が落ちたら、この学校にいられない。恋愛にうつつを抜かしている暇なんてないのだ。
「よし。教室に入ったら、私の合図で解除だ」
「どうすれば?」
「指示をするから、それに従え。大地の柱を思い出して風のエーテルを解放すればいい」
「はい」
私達は木箱を抱えて教室に入ると、ざわつきが沈黙に変わった。
「先生、これはどこに?」
箱を持ったまま私がたずねる。
「そこで待っていろ」
ヴァルナーは自分も箱を持ったまま、私に隣に立つように指示をする。
「実はみなに聞きたいことがある」
突然、ヴァルナーは生徒たちを見回した。
「私は、このアリサ・トラウに荷物を運ぶ手伝いを頼んだ。この意味が分かるものはいるか?」
何を言っているのだ、ヴァルナーは。これは、皆に問いかけているというより、私に学園のカーストを思い知らせるためなのだろうか。
視線が急に私に集まる。好奇、蔑み。そんな色をおびた視線。
「そいつが、爵位なしの平民だからじゃないですかね」
にやにやと笑いながら答えたのは、原作ではエリザベスの熱烈な心酔者であった、ロバス・ラーズリ。残念ながら、当て馬ですらない脇キャラ。確か伯爵家の次男坊だ。緑色の髪で、それなりに美形ではあるけれど、なんだか小者感を強く感じた。
「なるほど。ロバス・ラーズリ、ちょっと前に来い」
ヴァルナーは頷く。ロバスはゆっくりとヴァルナーの横に出てきた。
「ロバス、アリサからその箱を受け取れ」
「は?」
首を傾げながらも、ロバスは、私から箱を受け取った。
「アリサ、今だ。『解呪』」
私にだけわかる角度で、ヴァルナーはウインクした。
「えっと。『解呪』」
風のエーテルを解放して、大地のエーテルをイメージしながら唱えた。
「うわっ、なんだ、いきなり!」
ロバスは、突然ふらついた。
「重いだろう。その重さがわかったら下に置け」
ヴァルナーは言いながら、自分も箱を下に置いた。
「ロバス、その箱には、アリサが重力軽減の魔術をかけていた。重さの変化は体感したな?」
「……はい」
ロバスはしぶしぶ頷く。
「今の魔術は、初歩のものだが応用範囲の広い魔術だ。教科書の一番最初に載っている。無生物にしか使えないのが難点だが、魔術の基本が全てつまっている。今日寮に帰ったら、読んで実践してみるといい。すぐにできたものだけが、アリサの身分について語る資格がある」
どういう意味だろう。
「この学院は、身分の上下に関係なく学問を学ぶところだ。無論、全てにおいて
にやりとヴァルナーは笑い、教科書を配り始めた。
多分、庇ってもらったのだろうなと思いつつも、クラスメイトの視線が痛い。
とはいえ。孤児の私が居心地の良い場所とは最初から思ってはいなかったわけで。
私は教科書を受け取ると、そのまま席に着いた。
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