Which are you?

 Merlinの魔法のおかげで、Alymereは楽しいホームパーティを迎えることができた。冷たい風が吹き抜ける、ロンドンの路地裏。彼はにこにこと笑みを浮かべながら、軽い足取りで古本屋のドアを叩いた。

「Merlin、おはよう! 昨日は本当にありがとう!」

「ああ、君か。お兄さんとは、ちゃんと仲直りできたかい?」

「うん! 兄さんも母さんも、みんな喜んでくれたよ!」

 Merlinは退屈そうに本をめくっていたが、Alymereの顔を見ると気だるげに微笑んだ。今日の彼女の姿は、金色のロングヘアを無造作に垂らした、妖艶で儚げな美女だった。

「それでね、Merlin! 今日はMerlinに、プレゼントを持って来たんだ! 昨日のクッキーのお礼!」

「おやおや。つまるところ、君から私へのクリスマスプレゼントかな?」

 Alymereが手渡したのは、一冊の大きな絵本。本好きなMerlinのために、彼が手作りしたものだった。

「……この絵は、君が描いたのかい?」

「うん! Merlin、本が好きだから!」

 クレヨンで描かれた、白い雪と茶色の小鹿。その周りには、季節外れの花々が咲き乱れていた。

「……まぁ、そうだね。うん。ありがたく、受け取っておくよ」

 Merlinはくるくると髪をいじっていたが、突如何を思ったのか、ぱちんと指を鳴らして髪型を変えた。蝶々の鱗粉がきらきらと舞い、彼女は一瞬で白のショートヘアになる。

「……ねぇ、Merlin。いつも姿が違うけど、どれが本当のMerlinなの?」

「どれも本当の私さ。君が私をMerlinだと信じる限り、私はMerlinであり続ける」

 魔法の力を持て余しているのか、Merlinは毎日姿を変える。つい最近、よぼよぼのお爺さんになってドアの前で倒れていたときは、Alymereも思わず気を失いそうになった。とは言え、あれは全て、Merlinのお芝居だったわけだが。

「ぼくがMerlinを信じる限り……? えーっとつまり、どういうこと?」

「ならばもう少し、簡単な例を示してやろう」

 Merlinはそう言うと、奥から小さなやかんを持って来た。手の平に載せているのを見るに、中のお湯は冷めきっているらしい。

「Alymere、これは何だ?」

「何って、やかんでしょ? Merlinのお気に入りの、銀色のやかん」

「ああ、そうだ。これは私が二週間前、商店街の朝市で購入したやかんだ。だがこのやかんでさえも、ありとあらゆる世界をくまなく探せば、似たようなものがいくらでも存在しているのだ」

「ふーん……?」

 Merlinが右手を上げると、水色の蝶々がどこからともなく現れ、積まれた本の上に降り立つ。それらは一斉に羽を閉じ、気がつくと銀色のやかんになっていた。それはMerlinが奥から持って来たやかんと非常に似ており、しかし確実に非なるものだった。

「私は今、この世界に隣接する世界から、私のお気に入りのやかんと酷似するものを召喚した。たった一つ違うのは、中の水が熱いかどうかだけだ」

 Alymereは驚きながら、恐るおそるやかんの縁を触った。それはMerlinの言う通り、火傷するほどに高温だった。

「どうだ、Alymere。私のお気に入りのやかんと、その高温のやかんは、大方同じものだと言っても良いだろう?」

 Merlinはそう言いながら、今度はアルミ缶に入った茶葉を召喚し、呑気にお茶を淹れ始めた。フルーティーな紅茶の香りが、部屋の中をふわっと舞う。

「つまり、私もこのやかんと同じだ。君が私をMerlinだと認める限り、私の存在は永遠に証明される。私がどのような姿をしていようと、君にとって私はMerlinだ。この世界の私も、この世界に隣接する世界の私も、さらに遠くの世界に存在する私も……」

「へぇー……」

 Alymereは大真面目な顔をしていたが、頭の中では全く別のことを考えていた。実はここまで大急ぎで走ってきたため、早くもお腹が空いてきたのだ。

「……全く、君は困ったやつだな。私のことよりも、食事の方が大切か」

「えっ! なんで分かったの?」

「その程度のことなど、魔法を使わなくとも分かる。一体、何が食べたいんだ?」

 Merlinがこう尋ねるときは、決まって魔法で解決してくれるときだ。Alymereは途端に嬉しくなって、その場でぴょんと飛び跳ねた。

「お肉! ぼく、お肉が食べたい!」

「肉か……。分かった、少し待っていろ」

 Merlinは戸棚から白い皿を持って来ると、その上に水色の蝶を止まらせた。わくわく顔のAlymereを横目に、彼女はその羽を小さく弾く。

「美味しい、美味しい、うさぎの肉よ。お腹を空かせたAlymereの前に、どうか姿を見せておくれ」

 Alymereは目を輝かせながら、蝶の羽ばたきを見守った。ひらひらと美しい粉を散らしながら、柔らかなうさぎ肉のソテーに変わっていく、神秘的な蝶の仕草を。

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