Futile questions and their answers by a legendary British wizard
中田もな
Where are my cookies?
冬の街は浮足立っている。大通りには飾りのついたツリーが並び、街中はクリスマスソングで溢れている。しかしそのようなことは、Alymereには全く関係がなかった。彼は今日も双子の兄と喧嘩をし、めそめそと泣きながら古本屋を訪れたのだった。
「あれあれぇ? 君はまた、お兄さんと喧嘩をしたのかな?」
大木のようにそびえ立つ、古ぼけた白い本棚。その後ろから顔を覗かせたのは、烏のような黒い髪を二つに結んだ、背丈の低い少女だった。赤いフードを揺らしながら、彼女はAlymereの下へとやって来る。
「せっかくのクリスマスなのにさ、泣いているなんて恥ずかしいよ。ほらほら、笑って、笑って」
「う、うん……」
Alymereは彼女に言われるがまま、とりあえず曖昧な笑みを浮かべ、近くの椅子に腰掛けた。掃除の行き届いていない埃っぽい空間が、今は何とも心地良い。もっとも、単に彼が慣れてしまっているだけかもしれないが。何せ彼は、兄としょっちゅう喧嘩をしては、泣きながらここを訪れているのだから。
「君、紅茶はいるかい? ちょうどお茶にしようと思っていたんだ」
彼がこくんと頷くと、少女はあっという間に奥へと消え、次の瞬間にはカップを持って現れた。温かいミルクティーの香りが、薄暗い部屋を優しく包む。
「こんな寒い日には、やっぱり温かい紅茶に限るね。どうせ外では、テムズ川が凍りついているんだろう?」
「そうだけど……。もしかして、今日は外に出ていないの?」
「当たり前だろう、出るもんか」
大げさに身震いをした彼女は、分厚い本をえいと押しのけ、無理やりカップを置く場所を作った。端の本をどさどさと落とし、ついでに机の脇に腰を下ろす。
「それで? 今日の喧嘩の内容は?」
そう言うと、少女はにやりと口角を上げ、Alymereのうるんだ緑色の瞳を見つめた。……彼女の名前はMerlin。難しそうな分厚い本に囲まれながら、ロンドンの路地裏の店でひっそりと暮らす、とても不思議な人物だった。
「……ぼく、兄さんと一緒にクッキーを焼いていたんだ。だけど、ぼくがオーブンの温度を高くしすぎて、気づいたときには全部焦げちゃって……」
「ふーん、何だ。そんなことか」
Merlinはそう言うが、これはAlymereにとって大事件だった。両親を驚かせようと思って、二人でこっそりとクッキーを焼いていたのに、突然オーブンから黒い煙が漂って、全て真っ黒こげになってしまったのだから。家の中は臭くなるわ、兄には怒られるわで、せっかくのサプライズが台無しになってしまった。
「Merlinにとっては『そんなこと』かもしれないけど……。ぼくだって、焦がすつもりはなかったんだもん……」
思い出すだけで、たちまち涙が零れそうになる。学校の友達からもよく言われるが、彼は結構な泣き虫だった。
「分かった、分かった。それじゃあ、私が何とかしてみせよう」
泣き顔の彼を見たMerlinは、彼のベージュ色の髪をぽんぽんと撫で、そのまま手の平を宙にかざした。彼女はいつも、彼の願いを叶えてくれるのだ。
「さあ、Alymere。目を閉じて、私に教えておくれ。君の焼いていたクッキーは、どんな形をしていたんだい?」
Alymereはぎゅっと目を閉じて、我が家のキッチンを思い浮かべた。本当ならば出来上がっていたはずの、美味しそうなクッキーのことも。
「ベルとツリーとキャンディーの形をした、甘いココアのクッキーだよ。兄さんと一緒に、いっぱい作ったんだ」
「つまり、クリスマスのクッキーだね。分かった。いい子だから、そのまま目を瞑っているんだよ」
まるで随分と歳の離れた姉のように、彼女はAlymereをあやす。その伸ばされた手首には、いつの間に現れたのか、水色に透き通った蝶々が止まっていた。
「美味しい、美味しい、ココアのクッキー。可哀想なAlymereの下へ、どうか帰って来ておくれ」
……Alymereの膝の上で、幻想的な蝶々が踊る。それらはやがて羽を失い、その次には焼き立てのクッキーになっていた。おしゃれなバスケットに入った、可愛いココアのクッキー。そうっと目を開けた彼は、嬉しさのあまり小さく飛び上がった。
「どうだい、Alymere。君の作ったクッキーは、間違いなくこれだろう?」
「うん……、うん! ありがとう、Merlin!」
本当に、Merlinはすごいや。Alymereはいつも、Merlinの魔法の力に驚いていた。Merlinならきっと、何でもできる。彼はそう信じて疑わなかった。
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