第38話 とある社長

僕の名前は神生悠。近年設立、急成長を遂げた魔道具製造会社『マギクラフト社』の社長だ。


唐突だが、今回は俺の1日を紹介しようと思う。


「さち〜。朝だぞ〜」


『さち』とは俺の妻の愛称で、本名は神生幸子である。最近俺は早朝5時半に起き、出勤の準備をある程度した後、6時ごろにいつも彼女を起こしている。


彼女は本業でウチの会社の受付嬢をしながら、空いてる時間に副業で小説家をしている。


「ふにゃぁ……」


なんとも力の抜けた声で彼女が寝室から出て来ると、フラフラと壁にゴンッとぶつかりながらダイニングへやってきた。


「さち。いくら最近小説家業が軌道に乗ってきたからって、真夜中まで起きてるのはどうかと思うぞ。前の僕じゃあるまいし」


「私はちゃんと3時になったら寝てますよ〜。週に3回完徹したことがある人には言われたくない〜」


「うっ……」


そう。今でこそ僕は健康的な生活をしているが、前は改めて思い出すと酷いものだった。


さちの言う通り週5完徹は当たり前。昼食を抜き、朝と夜は冷凍パスタやカップラーメンを食べていた。それに加えて一般的には休日である土日も、僕は研究所に引き篭もってずっと魔道具の研究をしていた。


そんな超不健康な生活をしていた僕に、一番最初に忠告してきたのは彼女だ。なのに今度は逆にさちが不健康な生活をしている。もちろん何も言わないわけにもいかないわけで……


「今更受付やめるわけにもいかないしね〜」


……全く本業に支障が出てないので強く言えない。


家ではゆるい彼女も、仕事ではこれ以上ないくらいガチガチのキャリアウーマンだ。基本的にどんな仕事もスピーディーに完璧にこなす。


ついでに、蒼くんが会社に来た時、対応していたのは彼女だ。プライベートを仕事に持ち込まない、本当に凄い人だ。


「今度新しいPCとキーボード買うから、もう少し早く寝てくれないか? 1時とか。せっかく僕が健康になったのに、さちが不健康になってたら蒼くんに顔向けできない」


「そうね……」


おっと? やっぱり蒼くんの名前を出すとキッパリ言えなくなるなぁ。その気持ち、よく分かる。だって我が子と同じ名前だったんだもん。


「……分かった。そう言う事なら思い切って24時までには寝ましょう! もちろん貴方もよ」


「ヘアッ!?」


ちょっと、その飛び火はキツいって。夜中こっそりさちの小説読んでるのに。


「当たり前でしょ〜。私だけ早寝なんて不公平だと思わないの? だから、貴方も一緒に」


う、そんな顔で下から見られたら否定出来ないじゃないか。


「しょうがないなぁ……」


男は女に弱い。そう言う生き物なのだ。うん。


僕が作った朝食を2人で食べた後、一緒に出勤。ついでに、生活習慣を変える前は出勤するタイミングを合わせていなかった。だって、そもそも会社で夜を明かすこともあったからな。


「社長。おはようございます」


「あぁ、おはよう」


情報課の矢木と挨拶を交わし社長室に。矢木はこの会社を立ち上げた直後からずっと一緒で、社内では心許せる数少ない友人の1人だ。あの一件から組織変革が必要だなと思った時に、最初に相談したのも彼だった。


今の情報課は端的にいうと『セキュリティ課』となっている。ウチの技術が外部に漏れないようにしているのだ。それに加えて以前からやっていた魔道具の情報収集。ただし、持ち主を攫ってまで魔道具を得るなんてことはもうしていない。


社長室では書類仕事だ。とは言いつつも、ウチは情報化が進んでいるのでPCでの作業である。


『お父さんおはよう!』


話しかけてきた機械音声は魔道頭脳の『ブロア』。僕の息子である『神生蒼』の魂である。この子は魔道頭脳っていう魔道具だけど、人間のように眠ったりする。


『今日も僕の身体の開発を進めるの?』


「うん、そうだよ」


そう。実は蒼……ブロワのためにボディの開発をしているのだ! それも人の子ども並みの体格のを! そして、すでに大方終わっている。そう、“大方”。実はある鬼門にぶち当たっている。少しでも機械に馴染みのある人なら分かるだろう。……エネルギー(魔力)だ。


ボディを限界まで人間に近づけたために、大きなスペースがない。そこに隙間なく部品を詰め込んでいるのでなおさら。どうしても電源機器……ここでは魔源機器と言おうか。それのサイズがネックになっている。


実は一件大きく見えるブロワも、体積の約7割を魔源機器が占めている。


『蒼お兄ちゃんに教わりに行ったら?』


確かにその考えもあった。だが彼は高校生。その知識と技術は我々技術者から見て異常とも言えるほど高いが、迷惑をかけたくないし。大人が子どもに頼りすぎるのも悪い気がする。


「そんなのもう手遅れでしょ」


何やつ!? 


一瞬さちの声が聞こえた気がしたが……だがここは社長室。さちはあくまでも受付嬢。ここにいるわけが……


「いつまでぼーっとしてるのよ。はぁ」


やっぱりさちだった。


「蒼くんからの伝言。『今日の夕方5時ごろお時間いいですか? 大事な話があります』だって。忘れないでね返信してね」


大事な話? それなら僕に直接LINEしてくれれば良いのに。どうしてさちを通したんだ?


「もう営業始まるからそれじゃっ」


さちは伝言を言い残すとすぐ部屋を出た。


今日の午後の予定は……うん、特になし。研究から早めにあがれば大丈夫だな。


『特に予定はないから大丈夫だよ。僕がそっちに行った方が良いかな?』


送信するとすぐに『既読』がついて返信もほぼ同時に来る。


毎回思うんだけど、この速さ、異常じゃないか? いやまぁ蒼くんは機械に関して異常なほどに知識と技術を持ってるし、極めれば出来る、のかな。それ以前に、もう学校の授業始まっててもおかしくない時間帯だと思うんだけど。


彼からの返信の内容はこう。


『了解しました。ありがとうございます。こちらから御社に5時ごろ伺います。』


うん、『御社』とか、高校生が使わなさそうな言葉さも当然のように使って来るよね。やっぱり君は異常だよ、うん。

そういえば、以前『蒼くんが異世界人だ〜』って予想立ててたな。今回の訪問理由は『大事な話があるから』。あながち間違いではないのかも? 


……いかんいかん。もう仕事の時間だ。早く地下の研究室に向かわないと。




「さて、どうするかなぁ……」


作業テーブルの上に乗ってるのは、身長約1、4m、体重約43kgの人型ロボットだ。その見た目だけでいえば、『子供型アンドロイド』と言っても過言ではないと思う。だってそうなるように頑張ったんだ!


例えばこの人口筋肉! 普通のロボットだと動くにはやっぱり関節にモーターを使う必要があるんだけど、このボディにはほぼ使っていない! 代わりに電気を流すと縮む性質のある素材でいわゆる『人口筋肉』なるものをわざわざ蒼……ブロワの為だけに開発したのだ! これによって、人間らしい動作ができると同時にブロワも違和感なく身体を動かせる、はず……


問題はこの……ボディの横にある特大のエネルギーユニット! およそ胴体ほどあるので小型化するか、外部からの供給にしようか日々検討中である。


“人間”にこだわらなければまだ方法はある。例えば、Hondaが開発した世界初のヒューマノイドロボット『ASIMO』は、宇宙飛行士らしい見た目で、背中にバックパックを付けることによって身長130〜140cmと小さなサイズに収めている。


だが、ASIMOは電気で動いているので、参考に出来るかと問われると返答しにくい。これは、まだ科学技術に比べて魔法技術が発展していないからだけど。


「やはり、最初は外部ユニットからの魔力供給でやってみるべきでは? 急がば回れ、と言いますし」


「う〜む……」


研究員の言うこともごもっともだ。やはり、最初から全てを内蔵するのは難しいか。


「……よしっ、それじゃあ内蔵するのは諦めよう。まずはこいつを動かそう」


そういった感じで、昼ごはんまでは研究、昼ごはん食べた後もキリいいところまで研究。ずっと地下で研究。


いつもなら17時半まで研究室に篭ってるけど、今日は蒼くんと会う約束があるので早めに切り上げておく。


蒼くんからの大事な話って、なんだろうな。


そう思いながら、白衣を脱いでスーツを着ようと思ったけど、暑かったので脱ぐだけ。あとは彼が来るまで書類仕事を消化しておこう。


そんな呑気に待っていたら蒼くんがやって来て、信じ難い事実を告げられたのだった。

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