第26話 ダンジョン攻略の準備

「試練まで今日含めてあと5日間か〜」


高校生にとって5日間はとても短い。学校で夕方まで時間は潰れるし、その後も勉強やら何やらで時間はさらに潰れる。俺たちは3連休の試練に向けて、準備をしなければならない。武器や防具などの装備の点検、ポーション(魔力回復薬)などの消耗品の補充、ダンジョン内で夜営するためのテントや非常食の確保など、やる事はたくさんある。


「テントって、誰か持ってない? ダンジョン用の」


ダンジョン内での使用を推定されているテントは通常のとは違い、不可視になる〈透明化〉や気配を消すための〈気配遮断〉といった魔法が付与されている。しかしそれのどれもがいわゆる高級品で、大抵の人は迷彩柄の丈夫なテントを使う。しかし俺たちは学生でダンジョンに本格的に挑むのは初めての初心者である。安全は出来るだけ確保しておきたい。


「俺が持っているので当日持っていきます」


俺なら〈機械創造〉でそのテントを作ることができる。いやむしろさらに機能と性能を追求した物を創れる。


「ナイッス! 装備の点検は各自やるとして、食糧と回復薬は……」


「じゃあ俺が回復薬持ってくかな。親父が何本か持ってるだろうし」


「じゃあ、私と愛海が食糧調達係で」


各々役割が決まり、その日はすぐ帰宅。俺は早速ダンジョン用テントを創ることにした。


周りの風景に溶け込むように迷彩柄にするのは確定。あと既存の物と同じように〈気配遮断〉と〈透明化〉を付与して……


テント製作自体はあっという間に終わった。だが……


「これじゃあ、高級品とはいえ“普通”なんだよな」


付与されている魔法も、テント自体の構造も全て今までの物と同じなのだ。それでもいいが、やるからにはマスター(開発者)みたいに新しい物を創りたい。


そもそもテントを要する理由は、安全に休息をとる場所をダンジョン内で確保するためだ。だから別に“テント”という形である必要はない。


付与する魔法も同様、〈透明化〉や〈気配遮断〉である必要はない。〈透明化〉なんて透明になるだけでそこにある事は変わらないから、魔物とかに触れられるとバレてしまう可能性がある。


俺はそれらを念頭に、全く新しい魔道具を設計する。


(〈収納魔法〉を応用した魔道具にするか)


〈収納魔法〉とは、その名の通り物を収納する魔法。〈アイテムボックス〉の魔法版と言える魔法だ。これは異空間に物を保存できる。しかし生き物は入れられない。中は真空で時が止まっているからだ。


〈収納魔法〉を応用し、人も入れるよう呼吸できる気体で空間満たす。中は……小さめの家くらいの広さが有れば快適か。中に家具とかも設置して……入る方法は、アクセサリ型の魔道具にしてしまえばいつでも入れる。


そう着々と設計していき、いざ、創造。


〈機械創造〉


人数分、4回能力を使う。出来たのは素材として軽く丈夫な金属と、魔石を材料とした4つのバッジ。それぞれはパーティー名である『四翼』の翼の一部の形になっていて、上手く繋げると『四翼』になる。しかもそれぞれ魔石の色が違うため、誰のものか判る仕様だ。オマケ機能として、パーティー以外の人には使えないようなセキュリティも付いている。


「試しに使ってみるか」


青色の魔石をはめてある魔道具を手に取る。


触れてさえいれば本人の意思で発動する。


「ここは……」


目に飛び込んできた景色、それはマスターの研究所だった。


研究所といっても、キッチン、ダイニング、リビングといった生活に欠かせない部屋から書斎、作業部屋と言った魔道具製作に欠かせない部屋まである。


全体が石造りで冷たさを感じる。足音を鳴らしながら自分の記録を頼りに進む。最初にたどり着いたのはキッチンだった。


「俺が開発された当初は、ここで料理の練習をしたな。よく卵を上手く割れず、握り潰してしまって励まされたっけ」


リビングに行けば。


「力加減の練習だーって言って、良くマッサージさせられたな」


ダイニングに行けば。


「最初は手掴みで食べようとしたんだっけ。それでマスターがフォークとスプーンの使い方を教えてくれて」


そうやって、色んな部屋を回った後、最後に辿りついたのは作業部屋だった。


「俺が造られた場所。そして俺が寝る場所」


この金属製の冷たい作業台の上で、俺は生まれ、寝ていた。あの頃は今みたいに感情らしい感情はなかったけど、懐かしく感じる。


俺はいる。なのにマスターがいない。寂しい。ここはマスターの空間なのに本人がいない。俺の、お母様がいない。


いつの間にか目に涙を浮かべていた。


「マスター。俺もこんな風に涙を流せるようになりましたよ」


頭にぼんやりと思い出すマスターに向けてそう言う。


「今なら、こうやって悲しみを表現する事も出来ます……」


もうマスターに会えないことは分かっている。だけど感情表現が出来るようになった今、この部屋で泣かずにはいられなかった。




暫く泣き、涙を拭ってリビングに戻る。見たところ問題は無さそうだ。


「これでよし」


俺は魔道具を使って地上に戻り、作業を再開した。研究所になったテントは変えようか悩んだけど、思い出のある場所だし、書斎や作業部屋だけ簡単に閉鎖してそれら以外は使えるようにした。


「後は攻略に向けて、情報収集と下見が必要だな」


情報はいくらあっても損はない。ダンジョンの構造、出現する魔物の種類などはインターネットで簡単に調べられるが、最短ルートや、比較的安全な場所などの情報は少ない。なんなら俺も最奥まで行ったことはないが、途中までなら分かる。だがそれ以上奥は知らない。そこで下見というわけだ。


しかし時間を確認するとまもなく夕方6時。今から行くのはあまり気が乗らないので今日は家で出来ることをしよう。


俺は先日神生悠から貰ったばかりのゲーミングPCの電源を立ち上げる。『ゲーミング』というのはPC本体のみならず、キーボードやマウスもそうで、カラフルに光る。後で光量変えておこう。


「初心者向けダンジョンの情報は……前回閲覧してから更新は特になし」


初心者向けダンジョンだからしょうがない。あらかた情報は出尽くしてるのだろう。


ついでに動画配信サイトでの自分のチャンネルを開いてみると登録者がなんと5万人。増加ペースは落ちているが、動画を数本くらいしか上げていないのだから当然か。むしろここまで増えているのは異常。


「コメントは……俺が人間だと疑うのが多いなぁ」


『自分が人間ではないことを証明してください』と言われても難しい。


(ゲームくらいしかやれることないんだよな)


動画と言ったら実況動画。だが俺がゲームやったら運営からアカウントを削除されたりする気がする。まず俺は人間みたいにミスをする事がない。その場その場で最善の行動をすることができる。敵を見逃すことも無ければ手元が狂ったりもしない(故障しなければ)。


(自称AIチャンネルも確かあったなぁ)


あれは……ちょっとアレなので割愛。自分がロボットである事を証明するのは難しい。特に動画内で証明いう条件がつくとなおさら。


(信じてもらうしかないんだよな)


必要になれば何かしよう。今すぐしなければならない事ではないし。


俺はしばらくはこのスタンスでいくことにした。

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