第19話 その魔道頭脳は息子

「大丈夫だよ、蒼。大丈夫。この人はお客さんだよ。蒼、挨拶しなさい」


『はい。わたしのなまえは“かのうあおい”です。いごよろしくおねがいします』


「よろしく」


その魔道頭脳は、話し方に少し難有りではあるが、確かに言葉を紡いでいる。


だが違和感がある。あれだけスムーズに、タイムラグもなく会話できるのにイントネーションだけが安定していない。話している言語が日本語だからだろうか? だとしても……構築されている魔法式を読み取ってみると、魔法工学初心者が書いたような内容だった。だがそれでもコレは話し方以外は今のところ正常に動いている。なぜだ?


……まさか


「悠さん。あなたは……人間の脳をこの魔道頭脳に使っているのですか?」


「はっはっは。よく分かったね。君も魔法技術には詳しいのかな? その知識と発想力、羨ましいよ」


「今回の俺のように、珍しい魔道具を持っている人を攫い、あわよくはその魔道頭脳の材料として使った。なんて非人道的な事を……」


俺が元いた世界では、生物を魔道具に利用する事はよくある事であった。例えば俺の身体は、人間と同じように筋肉で動いている。その筋肉の原材料は魔物だ。魔力を多く持つ魔物ほど魔道具に適している。


そのような感じで、生体素材を魔道具に使うのは普通ではある。しかし、この魔道頭脳には人間の脳が使われている。これには前例がない。そのため、どのような作用が働くのか見当がつかない。


『どうかされましたか? おきゃくさま』


「い、いや。何でもない。それより、少し質問していいか?」


『はい』


「1つ目。君は自分自身が人間ではなく魔道頭脳であることを自覚しているのか?」


『は……いいえ。わたしはにんげんです。わたしはおとうさまのむすこです』


ダメだ。コレはその内暴走する。使われている人間の脳の影響か、自身が人間だと自覚してしまっている。悠から注意されたら最悪、理解できずに思考がバグり、正常な判断ができなくなる。


今回俺がこの場に来たのは、俺に宿っていると思われる魂について情報収集するため。まだ悠本人には聞いてないが、この魔道頭脳『神生蒼』の言葉を聞いて、俺に宿る魂が誰のか分かった。


「息子、か……」


薄々気付いてはいたが、俺に宿っている魂と神生悠は親子関係にあるようだ。


よし。ここまで来たんだ。いっそのこと俺に宿っている魂をこの魔道頭脳に移そう。成功するかは分からないが、やってみる価値はあるはず。


「すみません。触れていいですか?」


「え、それは__」


『いいですよ』


「蒼が良いのなら……」


傷つけないように優しく触れる。この世界の魔法技術はあまり発展していないが、この魔道頭脳だけは完成度がまあまあ高い。ただ後ろから極太のコードが伸びていることから魔力効率はそこまで高くはなさそうではあるが。


「ごめんなさい」


『え__』


〈機械操作〉で半強制的にシャットダウンさせた。


「あ、蒼くん? 一体何を……」


「落ち着いて聞いてください」


俺は改まって言う。


「俺の名前は神生蒼。その魂はあなたの息子さんです」


「どういう、ことですか?」


「そのままの意味です」


「この身体は俺のものですが、あなたの息子さんの魂が宿っており、少なからず俺はその影響を受けています」


驚いた表情で固まっている悠。


「あなたにお会いしたとき、初対面なのにも関わらず、嬉しい気持ちが込み上げてきました。今、こうしてあなたとお話ししているのも“嬉しい”のです」


段々涙目になっていく男は、俺の顔へと手を伸ばすが、途中で止まる。


「だ、だが、蒼は死んだんだ……!」


「ええ。そしてその魂が、俺を箱舟に、この場にあるのです」


その言葉を聞き、痩せ細った身体とは思えないほど強く、優しく抱かれた。


俺自身は彼の息子でもない赤の他人だ。だが、悪い気はしない。これも宿っている神生蒼の魂の影響か、それとも俺自身がそう思っているのか。どちらでもある気がする。


とは言ってもずっとこの状態では埒が開かないので離してもらった。


「それでは、感動の再会のところ悪いですが、1つ提案が」


目を腕で拭いながら「ああ」と相槌を打ってくる。


「神生蒼の魂が俺に宿っているのも確か。ですが俺は俺で、神生蒼とは名乗っている名前が同じなだけの別人です。そして、ここにもう一つ、神生蒼がいます。それに、神生蒼の魂を移そうと思います」


「え……」


「成功すれば、あなたは生涯ずっと神生蒼と一緒にいられます。あなたの悲願を叶えることができます。本来は慎むべき行動なのですが」


いきなり魂を移すとか、訳わからない事を言ってると思われているかもしれない。でも、俺はやってみるだけでも価値があると思う。それに、魂を魔道頭脳に移すという作業自体は失敗する気が全くしない。


「分かった。君の提案を受け入れよう。僕はもう、満足だよ。それに、疲れてしまった」


男はもう悔いが無いかのように清々しい顔をしていた。


「作業は裏手の整備工場でやろう。一般人もいるが、設備は整っている」


別にこの場でも良い、と言おうとしたが悠は素早く魔道頭脳を運ぶ準備をし始めていたため、辞めた。


(これくらいは付き合ってあげて)


どこからか、そんな言葉が聞こえたのもあるかもしれない。

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