第2話 自動人形、一人暮らしをする

5月に入り、夏の訪れを感じさせる夏日の今日。俺はバスに乗って、一人暮らしするマンションに向かっていた。手には一枚の写真。バスに乗る前に家の玄関で撮った、制服姿の俺と横に並ぶ幸弘さんと茜さん。結局「お父さん」「お母さん」、と呼べなかったなと後悔する。写真に写る俺は、これ以上ないほどの笑顔だ。最初出会った時は、「蒼大丈夫かい?」と心配されるほどずっと真顔だった俺が、こんな顔になれるのだなと思う。


1人となり寂しさを覚えるが、送り出されたからにはしっかりしなければ、と気合を入れた。


ふと窓の外を見るとそこには無数に建ち並ぶ高層ビル。お世話になったあの家は確かに田舎にあったが、国内でこれほど違うのかと目を見開いた。


バスから降り深呼吸。元の世界とも、あの家とも違う空気。周りには大量の人。一人暮らし先の近所もあの2人のような良い人であるといいなと願望しつつ、俺はマンションへ向かった。


初めての土地だったので、タクシーを呼ばず自分の足で行く事にした。俺は疲れないし、移り変わる風景を楽しむことが出来る。


あの家にお世話になっていた時に自分を改造した。よく分からないのだが、何故か出来るような気がし、改造内容をシュミレートしていたらボディが淡く光り、改造が成功した。〈スキル〉かと思ったが、〈スキル〉は生き物にしかない(アンデット系の魔物も含む)。


改造出来たおかげでこの世界のインターネットに接続できるようになった。それでソフトなどを入れれるようにしていたため、脳内でマップを開き、住所で検索して示された道なりに進む。他にも色々あるのだが、それは追々。


マンションに着いた俺は不動産屋から貰っていたカードキーを使い、エントランスを抜けエレベーターへ。あっちでお世話になっていた時、茜さんの買い物に付き合った時に、エレベーターへ乗ったことがあったので迷わず自分の部屋がある20階のボタンを押す。


今思うのだが、一人暮らしの高校生に高層マンションなんて奮発し過ぎではないか? 幸弘さんと茜さんの息子、俺の兄となる人が援助してくれたらしい。一括で買ったそうだ。この事を聞いた時は思わず聴覚センサーが壊れたかと思ったくらいだ。高層マンションの20階。どんだけ援助されたんだと、人間みたく頭を抱える。


部屋に着くと既に家電などは設置してあり、後はテーブルやソファーなどといった家具や、小物類の整理だ。とは言え、疲れ知らずの体である為、若干インテリアに戸惑いつつも(自分目線)、なんとかその日のうちに終わす。


夕飯までにはまだ時間がある。お小遣いを沢山もらっているため、今夜はせっかくだし外食にする予定だが、その前にお隣さんに挨拶しに行く事にした。


持っていくのは実家がある県で有名なさくらんぼの佐藤錦だ。ちょうど収穫時期で、東京に来る前にいくつか食べたがとても美味しかった。佐藤錦は他の品種と一緒に育てないとダメらしいので、そちらの方も味わいたかったが、おそそわけしてもらった数が少なかったため、2人に譲った。


閑話休題。お隣さんに挨拶に行ったあと、自分の部屋に戻り、この前買ってくれたスマホで近くの飲食店を検索する。改造を施した今、わざわざスマホを使わなくても良いのだが、人間として生活していく上で慣れておいた方がいいだろうと、中華料理屋をナビにセットし、俺はその店に向かう。マンションに来るまでもそうだったが、周りからめっちゃ見られる。この国では黒髪が主だが、ここ数年で髪を染めている人は急増したから俺の青髪は目立たないはず。


「ねぇあの人良くない?」

「本当だ〜! モデルかな〜?」

「今まで見たことないし……もしかしたらこれから有名人になるかも!?」

「え、ちょっと撮っとこ!」


人混みから聞こえる声。おいおい、モラルちゃんとしているのかと聞きたくなかったが、タダでさえ周りから目を引いているのにこれ以上目をつけられるのは嫌なので辞めておく。


服装は青い剣がペイントされた白Tの上に青いパーカー、紺で長めのハーフズボンで特別目立つ服装でもないし……


顔が相まってか、店に着くまでずっと視線を気にする事になった。


中華料理屋では餃子、半チャーハン、ラーメンを食べた。そういえば、実家ではお母さんがチャーハンをパラパラに作るのに苦戦していたなと思い出す。お母さんの料理はとても美味しく、食べれば食べるほどさらに頬張りたくなる。その料理がしばらく食べられないことを残念に思いつつも、俺は目の前にある物を口に入れていった。




夕飯を食べた俺は、まっすぐ家に帰ろうとしていた。すると、路地裏から「助けて!」と女性の悲鳴が耳にツンと響く。俺は普段は範囲を狭めて使っている空間認識センサーの範囲を広める。視覚・聴覚もそうだが、この空間認識センサーも範囲と精度が以前と比べて高くなっている気がする。センサー類は改造した記憶はないのだが。


そんな事は今はどうでもいい為、俺は声の発声源に急いだ。


そこには武器を見せびらかし、女性を捕まえているチンピラとその女性が。女性は魔法士(こちらの世界では魔法使いと呼ぶ)なのか、魔石の付いた杖を振り回し、男の手を振り解こうとしているが、男の力が強いようで、振り解けそうな感じはしない。女性を助けるべきなのだろうが、このような状況では何をすれば良いのか分からなかったのでとりあえず、最初は平和的に済まそうと話しかけた。


「すみません、その人嫌がっていますよ。離してあげたらどうですか?」

「なんだ? テメェ……こっちは武器を持ってんだ! 殺されたくなければどっか行きな」


この国では、ダンジョンや許可された場所以外での武器の使用は禁止されている。そのことを男に確認するが行動を改める様子はない。俺がコテンパンにしても良いのだが、それは俺ではなく警察の仕事だ。俺は男との話を長引かせ、その間に通報する事にした。


『すみません。路地裏で、女性が男に襲われています。武器を使って自分にも脅してきています。自分は男に内緒で電話をかけています』

『分かりました。すぐに駆けつけます。ご協力、ありがとうございます』


この世界は便利で、通報した時、わざわざ場所を言わなくてもスマホの位置情報から場所を特定出来るらしい。


通報から数分で警察が到着。男は手錠をつけられ身柄を拘束・連行されて行った。襲われていた女性はよく見るとまだ中学から高校生くらいの見た目だった。


「助けていただき、ありがとうございます!」

「いえいえ。俺は通報しただけですので」

「? いつ通報されたんですか?」


この人、さっき男に襲われていたばっかりなのに落ち着いている。俺は話題を逸らしてその場を離れる事にした。


「そう言えば、魔法を使ってなかったですね。あの場では使っても正当防衛と見なされるとは思いますが、良い判断でした。では俺はこれで!」


警察に事情を話したし、俺にこの場に残る理由はない。俺は夜の街をダッシュで駆け家に戻って風呂などを済ませ、新品のベットに横のなる。

思い返すと、とても濃い1日になった。高級マンションに引っ越して、周りからは視線を感じて、悪男から女の子を助けて……


最初人間として生きていく事に決めた時、その時には自分の人格が形成されつつあったから、面倒だなと思ったが、案外この生活は悪くないのかもしれない。

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