其の七 告白

 笑顔の花の横に戻ると、同じ様に縁側に腰掛けた。


「放っておけないなんてこと、ないと思うけど」

「あるよ。私の時だって、そうだったじゃない」


 花は、どうやら俺が花の周りを彷徨いていたのは花を放っておけなかったからだと思っていたらしいが、それは違う。また、そっと花の手の上に自分の手を重ねた。花が俺の方を驚いた表情を浮かべて見る。嫌がってないか、大丈夫だろうかと不安に思いながらも、もう思い出してしまった気持ちは二度と忘れることは出来なかった。


「違うよ。あれは、俺が花のことが好きだったからだし」

「……え?」

「飴だって、あげたのは花に笑って欲しかったからだし」

「え⁉」


 なんでそんな大きく目を開いて驚くのか。小学校中学年といえば、もう段々男子と女子が分かれて遊び始める時期だ。そんな中、俺は花にべったりと張り付いていた。当然、噂をされるのは分かり切ったことだったが、別に花と噂になるのは全く問題なかったので、放っておいた。


 なのに太一が、宗二はそんなつもりじゃない、あいつは優しいからだと言っては片っ端から噂を半ば力ずくで叩き潰していった。太一の行動により段々噂は消えていったが、別に事実だからいいのに、なんて思ったものだ。


「だって、クラスの子達は皆、宗ちゃんは優しいねって……可哀想な子だから一緒にいてあげるんだねって言ってたから、私もそう思ってたよ……」


 俺はむっとした。


「誰だよ、可哀想な子なんて言ってた奴」

「え、皆。だっていっちゃんが宗ちゃんがそう言ってたって皆に説明したって」


 太一が、俺が花のことを可哀想な子だから一緒にいてあげてるって言ったって? ちょっと太一、何言ってたんだ。心の中で、思わず死人に文句を言った。


「俺は、一度も花のことを可哀想な子だなんて言ったこともなければ思ったこともないんだけど。それ、多分太一が勝手に言ってたんだ。あいつたまにそういう勘違いをしたまま突っ走るところがあったからな」


 俺は怒っていた。道理で当時の花は、俺が隣にいくといつも済まなさそうな顔をしていた訳だ。あの時の自分に言いたい。大事なことはちゃんと始めに言っておけ、と。


「いっちゃんはね、宗ちゃんが大好きだったから」

「またそれかよ。そりゃまあ双子だし生まれる前からずっと一緒にいたから俺だって好きだったけどさ」


 そこまで言い、ふと違和感を覚える。――うん、好きだった。普通に。でも大好きじゃない。だって、だって太一は――。


 額を押さえる。


「宗ちゃん?」

「……思い出せないんだ」

「無理して思い出さなくても、いいよ。もう終わったことだし、それに宗ちゃんはちゃんと帰ってきたから」


 花はにっこりと笑い慰めてくれたが、俺はその言葉で、とある噂を思い出してしまった。


 今日の俺は、ちょっと興奮気味なんだ。だって、ずっと見失ってた自分が戻ってきたんだから。今日までの俺は、俺の目から見た太一だった。太一は花に興味はなかった、と思う。だから太一のふりをしていた俺もまた、花を好きだと思うことはなかったのだ。


 でも、思い出した。思い出したと同時に、ああ、俺は宗二だから、太一じゃないんだから、花を好きでいていいんだ、と急に視界が開けた様な気分になった。


 ここは尋ねるべきだろう。


「花」

「うん?」


 花の手は、握ったまま。でも別に花は振りほどいたりする素振りは見せないから、多分嫌じゃない。だって、俺は宗二なんだから。


「高校でさ、告白されたことあるんだろ?」

「……なあに突然」

「あるんだろ?」

「……まあ、二回程」


 まだ高校に入って一年と四ヶ月。その間に、二人も男が告白してきただと? 俺は正直、嫉妬した。どこのどいつだ、花に告白した奴は。


「そいつらのこと、振ったんだろ?」

「まあ見てお分かりの通り、今まで彼氏はいたことがありません」


 花はわざとおどけて笑った。花に告白した奴らよ、残念だったな。お前らじゃなかったらしいぞ、と心の中で勝ち誇る。何故なら、俺はその答えを知っている筈だから。


「振った時にさ、帰って来るのを待っている奴がいるって言ったんだろ?」

「……あのさ、何でそれを知ってる訳?」

「噂だ、噂」


 昭和の歌謡曲みたいだと思ったのは、黙っておいた方がよさそうだった。話は逸らしたくない。


「何で知ってるって言うってことは、事実なんだよな?」

「……ええと」

「な?」


 ゆっくりと、花に顔を近付ける。花の顔が、見たかった。どんな顔をして「そうだ」と答えるかを、間近で見たかったから。


「……事実、だよ」


 花が目を逸らす。でも顔はそむけない。俺は、聞きたかったことを聞いた。


「それって、俺のことだよな?」


 花が俺を見る。不安そうな目。迷ってるみたいだ。言ってもいいのかどうか、きっと迷ってる。


「なあ花、本当のことを教えてくれよ」

「……だって、言ったところで宗ちゃんはきっと……」


 花が立ち上がろうとした。俺は焦る。そうじゃない、逃げて欲しい訳じゃない。


「俺、花が好きだよ」


 あ、言っちゃった。花も驚いている。そりゃそうだろう、今日まで何も興味がない様な素振りで七年も過ごしていた奴がいきなりそんなことを言い出すなんて、信じられないに違いない。


「……嘘だ」

「嘘じゃない! 俺、確かに太一になってた時は、太一は花のことは好きじゃないだろうから俺も好きじゃないって思ってたけど、俺がちゃんと俺だって自覚した途端、ずっと好きだったんじゃんって思ったんだ」


 必死で説明をする。だが、花はすんなり信じてはくれなかった。


「嘘だよ、だって宗ちゃんは優しいから、だから私といただけで、私が幼馴染もお母さんもおばあちゃんも亡くした可哀想な子だから、だから構ってくれてるんだって」

「それ、誰が言ったんだよ」


 何となく予想はついた。花は、聞かれれば家庭の事情もぽろりと話してしまう。どちらにしろ、こんな田舎じゃ過去に何かあったかを隠していたところですぐに他から漏れ伝わる。だから聞かれて喋ってしまったんだろうが、そんな言い方をわざわざするということは、これは花と俺を引き離したいと考える奴の浅はかな行動に違いない。


「ええと……」

「畑中吉乃だろ」

「……どうして知ってんの」

「知っちゃいない。考えただけだ」

「……さすが学年トップの争いをする人は違うね」

「そういうことじゃねえよ」


 俺は、逃げようとしていた花の手首を掴んだ。細い。ぽっきり折れてしまいそうだ。


「花、俺は花のことが好きなんだけど、花が待っていたのが俺ってことは、花も俺が好きってことでいいのか?」


 答えを知っている男は強い。後は花がどう応えるか、それだけだ。


 花はまだ迷ってる。目が泳いで、俺の言葉が真実なのかどうか、多分まだ信じ切れずにいる。畑中吉乃、許すまじだ。


「花」


 俺は待った。花に七年も待たせておいて、戻ってきた途端にこれではさすがに強引過ぎるかとは思ったが、今の俺に余裕はない。先手必勝、他の奴は蹴散らす。長年太一として生きてきたからか、どうも随分と好戦的になってしまった様だ。


「す、好き……だよ」


 よく焼けた肌が、それでも分かる位真っ赤になった。泣きそうに、顔が歪む。あ、涙が溜まってきている。可愛いな。


 あまりにも花がいじらしく思え、花に顔を近付ける。柔らかそうな小さな口にキスをしようとして、失敗して鼻の頭をぶつけた。


「あれ」


 どうしよう、折角だから格好よく決めたかったのに、ダサいし笑ってしまった。初心者感が半端ないことこの上ない。


「え、あ、あの宗ちゃん」

「俺も余裕ないみたい」

「え、今の、その」

「花、俺の彼女になって」


 俺は、ぐいぐい攻めていく。今逃したら、次にいつこんな機会が訪れるか分かったもんじゃない。なんせ敵は、花のすぐ横に布陣しているのだから。


「花、俺を花の彼氏にして」


 花は、至近距離で真っ直ぐに見つめる。こくりと頷いた拍子に、溜まっていた涙がすう、と流れた。


 正面で行っては駄目だということを学んだ俺は、少し顔を斜めにして、人生初めてのキスを花にした。


 これ、本当に初めてだよな? と思いながら。

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