第16話
確か、人から憎まれるのは全て自分が招いたことであるとか、そういった意味合いの諺だった気がするけど。要するに、彼女は俺からチケットを取り上げた先輩にひと泡吹かせたかったんだろうね。
結局はそれも、俺が被っちまったわけだけど。
「気持ちはありがたいけど、あれはちょっとやり過ぎだろ」
俺が再び手を伸ばすと、彼女はそれを掴まず手すりに凭れかかりながら立ち上がり、寂しそうに海を眺めた。
「メイさんよ。お前も人を貶めようとしたから、大事なぬいぐるみを失うことになるんだぞ」
ため息をつきながら内ポケットの中を漁ると、当然ながら煙草の箱もびしょ濡れだった。それを見た彼女は自分の鞄から煙草を取り出し、俺の方に無言で差し出した。
礼を言って俺が一本咥えると、次いで彼女は慣れた手つきで火を寄こした。
「服は、どうするの?」
「まぁ、夏だし放っといたらそのうち乾くだろ」
煙を吐き出すと、それらは海風に流れてすぐに消えていった。スーツが乾いても、塩分を含んでるから跡が残るかもしれないな。
やっぱり俺は、どこまで行ってもお人好しの仮面を自分から外すことが出来ないんだ。本性を隠して人を欺いてばかりしているから、最終的にはひどい目に遭う。
「悪いことをする奴には、必ず罰が下るってか。笑えるな」
座り込む俺の姿を見下ろした彼女は、自分も煙草を咥えながら火をつけると、一口吸ってすぐにそれを海に投げ捨てた。
「違うよ」
彼女は俺の腕を引いて無理やり立ち上がらせると、「あの人が教えてくれたの」と言って歩き始めた。
「何が違うんだよ?」
後に続きながら俺はそう尋ねたものの、彼女は前方を向いたまま無言で歩みを進めていく。どこへ行くのか聞いても、彼女は一切答えなかった。
「それで、これは一体どういうことだ?」
彼女が俺を連れてやって来たのは、ショッピングモールにある高そうなブランドのアパレルショップだった。
せめて店内を塩水で汚すくらいの報いを、気取った奴らにも受けさせようって腹積もりか? 本当にそうなら、相当に趣味が悪いと思うんだがね。
「来て」
俺の腕を引きながら店内に入った彼女は、店員を呼んで俺の身体を採寸するように指示した。良い身なりをした店員の男に奥の部屋へ通された俺は、ひとまず濡れた服を脱がされるとそのまま身体のあらゆる箇所をメジャーで測られた。
しばらくすると何着かのスーツ一式とシャツと下着を持った彼女がカーテンの向こうから現れ、試着してみろと俺に言った。
冷やかしにしちゃ随分徹底していると思いながら、言われるままにそれを着た俺がカーテンを捲ると、すぐさま店員の男が足元の裾を調整して待ち針を差し始めた。
「あと、これと、これもお願いね」
靴やベルトまでコーディネートし始めた彼女が店員にお会計を求めているのを見た俺は、思わず額に冷や汗が流れてきちゃってさ、「おい、俺、金持ってないけど……」って慌てて止めようとすると、「大丈夫、心配しないで」と答えた彼女は財布からクレジットカードを取り出した。
結局彼女は、俺に四着ものスーツを買い与えた。それも一級品のハイブランドスーツだぜ? 肌触りからして全然違うんだよな。
「なぁ、何でこんなに良くしてくれるんだ?」
ショップを出てエスカレーターを下り始めた彼女の後を追いながら、俺はそう尋ねた。だっておかしいだろ。会ってから一週間も経ってない相手に高級なスーツを四つも買い与えてさ、たとえ金が余ってたって、俺ならきっとそんなことはしないね。
「だって、これはお返しだから」
左手首に巻かれた金のブレスレットを愛おしそうに撫で始めた彼女は、こっちをゆっくり振り向きながら、「知ってた? 『仇も情けも、我が身より出る』って諺には、悪行によって相手に憎まれる意味だけじゃなく、善行から人に愛される意味も含まれてるんだよ」と言った。
続いて火傷の痕に触れた彼女は、ふと笑みをこぼした。
その仕草を見た俺は、それでもお礼にしちゃ贅を尽くし過ぎじゃないかって思ったよ。命の恩人でもあるまいしさ。
そうこうする間に彼女は地下にあるゲームセンターに再び足を運ぶと、数時間前に俺が苦労して取ったピングーのぬいぐるみがセットされたクレーンゲームの前で足を止めた。
「だからあなたは、代わりにもう一度これをするの」
「……なるほど」
してやられたね。あの苦労をもう一度経験して、自分にお気に入りのぬいぐるみをプレゼントしろってか。
「それは代償として、ちょっとお安いんじゃないのか」
俺がそう言うと、彼女は笑ってくれた。それから何度か挑戦して、ようやく俺は新しいピングーのぬいぐるみを手に入れたよ。
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