第7話

 イベントの会場は繁華街の地下にあるクラブで、約束の時間の少し前に着くとすでに何人かが揃っていた。それもやはり思った通りの面子めんつで、有無を言わさず奴に呼ばれたんだろうね。ある者は困惑した表情を浮かべ、またある者は不安げな顔をしていた。


 肝心の主催者は、待ち合わせ時間を少し遅れてやって来た。


「お、みんな早いねぇ。先に入ってくれて良かったのに」


 すっきりとした黒い短髪をした三上は、そう言うと俺にも軽い挨拶を寄こした。前回会った時はツイストパーマを派手な茶色に染め上げていたが、奴も就職活動のために落ち着いたわけだよ。


 その割には未だにイベントに参加したりしてさ、あいつは本当にパーティーと名の付くものが大好きなんだな。変な匂いの香水をつけるところは相変わらずで、目の前に立つと無国籍料理店を思わせたが、あれで面接にも行くんだろうかね。


「藤沢ぁ。この間はマジで良い会だったのに、お前来れなくて損したぜ!」


「そりゃ勿体ないことをしたな」


 俺が肩を竦めてそう答えると、奴は自然と右手を掲げ始めた。人前ですぐにハイタッチをしたがるこいつの神経が俺は未だに信じられないね。


「まぁ、今日も結構可愛い子が揃ってるっぽいから、期待していいぞ」


 先陣を切って建物に入った三上とその連れたち(奴は大抵がたいの良い奴を二人くらい引き連れて歩くんだ。少女漫画に出てくる意地悪な女みたいだろ)は、エレベーターを使ってさっさと地下に向かってしまった。


 俺が残りの連中を引き連れて階段を降りると、突き当りの扉を開けた先の広い空間には大音量で音楽が流れていた。


 扉を潜ったすぐ前には椅子やテーブルなどが配置され、何組もの男女が酒を飲みながら大声で会話を交わしていた。飛び入りが多くいるようで、見知った顔はあまり見られない。


 その先にある中央の開けたスペースではすでに踊り狂っている者や、まだエンジンを吹かし始めたところだとでも言わんばかりに肩を揺する者がひしめき合っていた。


「あっちのカウンターで、飲み物が貰えるみたいだな」


 さりげなく俺がそう促すと、入口付近で呆然と立ち尽くしていた連中は奥へと進み始めた。まるで羊飼いの心境だったね。


 三上はいち早く最奥のDJブースに駆け寄るとキャップ帽を被ったDJの女とジェスチャーで挨拶を交わし、その連れらしき女どもに声を掛け始めていた。人数合わせのために誘ったにしてもさ、羊どもの扱いがあまりに雑過ぎるんだよな。


 左側に見えるカウンターで飲み物を注文した俺は、彼らがその場に馴染むよう少しずつ会話を繰り広げ、アルコールの力を借りて賑やかした。辛いのは初めの方だけで、酒が入ると大人しい奴らも徐々に羽目を外し始める。


 ダンスを促した時に笑顔で身体を揺らし始めるのが、巣立ちのサインだね。あとは三上たちとこいつらを引き合わせて、俺はお役御免だ。


 三上に一つ良い所があるとすれば、それは来る者を拒まないことだ。あいつは心底能天気な奴でさ、人類はみんないずれ自分の友人になるものだと思っているから、その横幅がいくら膨らんでいこうと頓着をしない。


 その分面倒も見ない辺りが厄介だが、扱いやすい男ではあったよ。


 一人残らず周りから姿が見えなくなったところで、俺はようやく一息つくことができた。あとは勝手に飲んで、適当な時間に切り上げるとしようか。


 その時の俺は、本当にそう思っていたんだよ。けど、カウンターに凭れて奴らが踊り狂う姿を何の気なしに眺めていると、その先に見えるテーブルに一人で陣取りながら、身動き一つせず俯いている女の姿を見かけたんだ。


その女は見覚えのある黒いワンピース姿で、やせ細った身体つきをして、額の真ん中で長い髪を分けていた。

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