第6話

 バイトが終わってタイムカードを切った俺は、駅に向かう商店街を歩きながら携帯電話に紐付けした電子マネーの残高を確かめようとポケットから電話を取り出した。


 すると液晶にはメッセージの通知があって、それがよりにもよって三上みかみ慎吾からだった。


 三上っていうのは、俺が一時期在籍してたテニスサークル(バンドをやめてすぐはすることもなかったからさ、気まぐれに入ったんだ)で一緒だった背の低い男なんだけど、こいつがまた嫌な奴で、何かと横のつながりを作りたがるんだ。


 大学のサークルってものはどこもそうなのか知らないけど、俺が入ったところはナンパが目的のいわゆる“飲みサー”ってやつでさ、テニスなんて四月に少しばかり練習をしてそれっきり。


 あとは飲み会やら合コンやらクラブイベントやらを主催しては他校との繋がりをどうにか作ろうと企んでて、三上はそれを率先して発案する男の中の一人だった。


 肌に合わないと感じた俺は、時期を見て平和的にサークルを退会したんだが、その後も交流という名の一方的な連絡は続いていて、定期的にイベントの告知が来るんだ。


 初めはしぶしぶ付き合ってやってたんだけど、それも何かと理由をでっち上げて、徐々に参加する頻度を減らすように仕向けていた。


 その頃はようやく四回に一回くらいのペースまで減らすことに成功してたんだけど、この日は運悪く前回のイベントから数えてちょうど四回目の誘いだった。


「そんなに嫌なら、輪の中から抜けちまえよ」って、お前さんは前に言ったよな。


 でもさ、それが簡単にできれば苦労はしないんだ。たとえ俺が抜けても、イベントは滞りなく行われると思う。だけどそれも表向きの話で、裏では何かと苦労している奴がいるんだよ。


 そういう損な役回りを押し付けられるのは決まって気の弱い奴や、要領の悪い奴らなんだから。


 正直言って、そいつらはつまらない連中だよ。間違ってもお前さんのように二人で連みたいと思えるような存在でもない。


 でもね、悲しいことに奴らと三上みたいな連中を繋げられるパーツはあの中に俺しかないんだ。奴が卒業すれば、ひょっとしたら来年からはサークルの方針もがらりと変わるのかもしれないが、それまでは俺が面倒を見てやらないといけないような気がしてな。


 それは使命感なのかって? 違うね。これはきっとさがだよ。俺には超平和的に集団を繋ぎとめる能力が生まれながらに備わっていて、それを行使しているに過ぎない。そこに個人の意思は恐らく関係ないんだ。


 俺は社会に組み込まれた部品の一つとして、役割を全うしているだけなんだから。


 社会ではみんな、それぞれに適した配役が振り分けられている。俺の役名は昆布Aでも村人Bでもなくて、名もない道化師として見える範囲の諍いをなくすことが義務付けられている。


 だからきっと抗えないんだ。抗えないからこそ、視界の範囲を極端に狭めてひっそりとやり過ごす以外に方法がない。けど、今回ばかりは上手く避けられそうになかった。


 三上の誘いはいつも突然でね、メッセージが届いたのが今日の昼間なのに、イベントは当日の夜と来たもんだ。


 俺は急いで家に帰ってシャワーを浴びると、また身支度を始めた。キッチンのバイトっていうのは意外と汗をかくから、さすがに直行って訳にもいかないんだ。嫌われないことをモットーにしている俺が、汗臭いままクラブに行くなんてありえなかった。


 出掛けにカーテンを捲ると(習慣っていうのは怖いもんだな。気づいたら出窓に寄って、カーテンの向こうを覗いてたよ)、珍しくあちらさんの灯りが消えていた。


 これは俺にとっての一大事だったが、その時の俺は待ち合わせの時間に遅れないことばかりを気にしていたから、帰って来てからまた確認すればいいやってことで、その場はカーテンを閉めて部屋を後にしたんだ。

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