第17話 大衆食堂
「なんだコレは……」
俺はただ、その不可思議な光景に唖然とするばかりであった。
時刻は遡り、正午を過ぎたころ。俺は東の洞窟で貝の養殖の仕事に専念しているため、今日もまた王城内にある勇者のために用意された一室から、仕事場へ向かおうとしていた。
仕事とはいえ特に何をするわけでもない。ただ人工池の様子を見て何も変更がないことだけを確認して帰るだけだ。そこに着いてさえしまえば10秒とかからない、字の書けない子供でもできる簡単な仕事である。
今日も今日とて同じように洞窟へと向かうわけだが、特段急ぐ用でもないので、ここ数日は大学生のような自堕落な生活を送っていた。
朝、というよりはほぼ昼頃に起きて街まで行き、適当な飯屋に入ってブランチをとる。それが俺のルーティーンであった。
ただし今日がいつもと違う点を挙げるとするならば、道中でばったり会ったニコとイワンの兄妹も一緒に食事をとるという点だ。彼ら冒険者は普段、ダンジョンと呼ばれる魔物が生息している地点で素材を集めている。
つまりこの時間に王都にいることは珍しいのだが、今日は用事があるとかでダンジョンへは行っていないそうだ。
兄のイワンが、食事はとったかと聞いてきたので、まだだと答えると、先日の礼に食事に誘ってきたのだ。他人の行為はありがたく受け取るものだと俺の財布が言っているので同行させてもらうことにした。
向かう先は王都でも有名な大衆食堂。その広さは通常の飯屋が4つは入ろうかというほどで、一般人のパーティーや決起集会に使われることもある。決して高級料理店ではないので安心してたくさんの料理が食べられると人気である。
もちろん広さだけではなく料理の上手さも店の魅力だ。それに昔は綺麗であっただろう店主の妻で店員のよっちゃんは、愛想がよくいつでも笑顔を振りまいていて、見ているこちらも元気になってくる。愛すべきおばちゃんである。
とまあ、ここまではニコの受け売りで、俺自身は初めて訪れるわけだが、実際に来てみたところ、活気があり雰囲気の良い店であり、多くの人に支持されるのも納得である。
店内は混雑していたが、運よく店の奥のテーブルが空いていたので3人でそこに座った。よっちゃんは忙しそうにしている中でも客と楽しそうに話をしている。まわりを確認すると他の従業員がいたので、俺たちはそれぞれ好きなものを注文した。
他にも大勢の客がいるが、10分ほどで料理が運ばれてきた。予想以上の早さに厨房の中はどうなっているんだと気になってしまうが、早いに越したことはないので、腹も減っていることだし早速いただこう。
そう思って骨付き肉に齧り付こうとした矢先、俺の両腕が掴まれた。
「何やってるんだクレイン……」
「何してるの君!」
イワンとニコが左右から睨みつけるような視線と共に俺を制したのだ。何か気に障ることでもしただろうか。俺がしばらく考えていたら二人は手を離し立ち上がった。
「「嗚呼、偉大なるギョウザドン様よ。我らは地の底からの祝福に感謝し、天へと向かう道の糧としてこの食事をいただきます。ギョウザドン」」
「なんだコレは……」
二人は意味の分からない祈りの言葉を捧げ、すぐ後ろにある壁を向いて膝をつき頭を下げたのだ。それは先日俺が二人に教えたインチキお祈りとは似て非なるものだった。
不気味な気配を感じ振り返ると、先ほどまで雑然としていた店内の客がみな、こちらを向いていた。大衆の視線は俺を通り過ぎ、その奥の壁に向けられていた。
「「「ギョウザドン!!」」」
アーメンとでも言うように声を揃えてその言葉を唱える姿は、もはやギャグという域を超えてホラーであった。中にはこちらの壁に向けて、死んだカエルを捧げている者もいる。
「おいおいおいおい、どうなってるんだよイワン!教えてくれよニコ!!」
もう周囲の人間が怖すぎて小声で二人を問い詰める。しかし二人は口を一文字に結び目を逸らしている。俺は両掌でニコの頬を挟み顔を近づけ目を合わせる。
「こ・た・え・ろ!」
「うう~~~~~~」
彼女は必死に目を瞑って抵抗するので、挟んだ両手を前後上下に動かし、その小さい顔を揺らしながら答えを引き出そうとする。
「じ、実はだな……」
先ほどまでは我関せずと目を背けていたが、妹の無様な姿を見て観念したのか、言葉に詰まりながらも口を開いた。大衆は再びそれぞれの食事に戻っていた。
「二日前の事なんだが……」
イワンは他の客に聞こえないよう、囁くような声で話し始めた。
――二日前、高級料理店――
「なあ、兄ちゃん。さっきチラッと聞いちまったんだけどよう、本当かいあの話」
あの話、とは何の事だろうか。私は少し考えて、先ほどクレインがしていたある話を思い出した。
「ああ、本当だ……」
先ほどクレインが帰る前に、カエルは意外と美味しいと話していた事だろう。
「私は10年ほど前に知ったのだが、この街ではあまり知られていないようだな……」
鶏肉のような食感で栄養価も高い。安価で経済的だし飯もろくに食えない貧しいときにはカエル肉に助けられたものだ。
「今こうして飯を食えているのは、そのお陰と言って良いだろう……」
「そうだったのかい!俺はこんな高い店初めてだからよう、どんな客が来てんのかって観察してたんだ」
なるほど。彼は齢50ほどだろうか。裕福ではないが貯金をしてこの高級料理店に足を運んだと言っているのだろう。
俺も金があるわけではない。だが偶然クレインと出会い、その結果この店に来ることができたのだ。巡り合わせなのだ。
「誰でも来れるようになるさ……」
そう。私は運が良かっただけ。誰にでもその可能性はある。
「そうかい、そうかい。ところでさっきの少年ってよ、もしかしてよ」
クレインも勇者として任命されてからそれほど日が経ってはいないが有名人だ。顔くらい覚えられていてもおかしくはない。
「そうだ……」
彼こそがドラゴン迎撃の功労者、勇者クレインだ。
「彼も勇者になる少し前にさっきの話を知ったのだが、まわりは誰も信じなかったらしい……」
クレインは貴族の家系だ。彼の家族が好き好んでカエルを食べるなど普通はしないだろう。
「あの少年、勇者なのかい」
「ああ……」
さっきそう言ったはずだが。聞いていなかったのだろうか。
「ギョウザドーン」
満腹になった妹のニコは座席で眠りかけていた。その頭は右に左に傾いては元の場所に戻ろうとする。そんな中で彼女は寝言でクレインが教えた祈りの言葉を唱えていた。
「寝ながら祈るなんて嬢ちゃんも熱心だな」
「そこが妹の長所だからな……」
何にでも真剣に取り組むそのまっすぐな姿勢が彼女の欠点でもあり、美点なのだ。そんな妹を私は尊敬している。彼女のたった一人の家族として。
「それじゃあ俺も今日から祈ってみるよ!じゃあな兄ちゃんたち!」
「ああ……」
私は妹を背中に乗せ、料理店を後にした――
「ということがあったんだ……」
「まったく話が繋がってないんだが」
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