第16話 情報統制
1万ルダー、それが見積もりの額だった。希少な能力値上昇アイテム、市場には滅多に出回らないそれは高値が付くと聞いてはいたが、真珠ひとつが100万円に相当するとはあまり実感が湧かなかった。
その高価なアイテムを特別寄付という形で手放すことで、俺は
1万ルダーの8割、つまり8千ルダーの返済である。これで残りは87億8120万円相当である。気が遠くなってくる。まったく実感の湧きそうもない数字だ。
だが俺には一つ秘策があるのだ。それはユーコンから譲り受け、王都には黙っているとある施設。オールパールの真珠貝養殖場だ。もうしばらくで収穫可能になり、それはつまり俺が億万長者になるというわけである。
ただ待つだけでいいとはいえ、それもそれでソワソワしてしまう。病院の待合室で我が子の誕生を今か今かと待ち望む新米パパのような状態である。俺は手持ち無沙汰だったので特に用もないが、養殖場となる洞窟へと足しげく通っていた。
人口池には一定の間隔で天井からの水滴が落ち、静かな水面に波紋が生まれる。その様子を目に前にして俺は腰を下ろし、目を閉じた。
洞窟の中は外の空気よりも幾分か涼しく、冷たい風が優しく肌に触れる。魔石から放たれる青い光に包まれているからか、より一層空気が澄んでいるような気がした。水の垂れる音がこの空間で唯一時間の流れを告げるものだった。
「わー、なにこれすっごい!」
思いもよらない声に飛び起き、振り向いた。
「すまない、ついて来てしまった……」
どうやってここを知ったのか。そこにいたのは獣人の兄妹、イワンとニコであった。兄のイワンは相変わらず表情一つ変えずにその手に槍を持っている。一方でオレンジの髪のニコはキョロキョロと辺りを確認しながら自由に歩き回っていた。
「君が全ッ然連絡よこさないから、こっそり……ね」
ニコはこちらに振り向くと、いつもの笑顔でそう言った。追手の気配など少しも気がつかなかった。こういった部分はステータスだけではどうにもならないため、これから鍛えていかなければいけないだろう。
先日のギルドでの窃盗事件を解決してもらってから数日。パーティを組むと言ってはしまったが、彼らのこともよく知らないし今は貝の養殖という使命がある。だから彼らには用事がある。仕事がある。行けたら行くと伝えていた。
するとニコはご丁寧に連絡先を俺に教え、時間のある時に連絡してくれと言っていたのだ。『行けたら行く』とは日本人なら誰もが知っている行かない人の常套句だが、純真無垢な彼女は前向きな返事に捉えたのだろう、楽しみに待ってるとまで付け足した。
俺は罪悪感を感じはしたが、何よりもまずは借金返済である。情報漏洩を防ぐため、洞窟での養殖についてマキナ以外の誰にも知られないように外部との接触を可能な限り断って過ごしていたのだ。
それがどうだろう。この二人は隠し通路を通り、勝手についてきてしまったのだ。この場所を見られてしまったら仕方がない。適当な嘘をついて誤魔化そう。分の悪い賭けになるかもしれないが、ニコなら何とか騙せるかもしれない。
「ところでここで何してるのー?」
「実はこの洞窟の地下深くには、古代人が封印した超巨大暴食怪獣『ギョウザドン』が眠っているんだが、最近になって復活の兆候が見られるから聖なる祈りを捧げて封印を強めていたんだ」
もちろん嘘である。一から十まで嘘である。なんだ餃子丼って。聞いたたことないわそんなメニュー。いくらここが剣と魔法の幻想郷だとしても、これほどまでに稚拙なネーミングと出来の悪い筋書きに騙されるやつがいるだろうか。
「それは大変だよー!お祈りしなきゃお祈り」
いた。
ニコは簡単に騙されていた。彼女のあまりに純粋な反応を見て、罪悪感が無いと言えば嘘になるが、それよりもまずは情報の統制だ。俺は彼女を脅すように声のトーンを落とし、真剣な表情で話しだした。
「ギョウザドンを刺激しないためにもこの洞窟の事は絶対に秘密にしてくれ。それから食事の前にこの洞窟に向かって祈ってくれたら助かる」
彼女は俺の言葉を受け止め、真剣な表情で大きく頷いた。本当に分かったのだろうか。俺はなんだか心配になって、横で黙って見ていたイワンに視線を送る。頼むぞ、と手で合図を送ると彼は任せておけといった表情で頷いていた。
下手に洞窟内を動かれて噓がばれてもいけないので、俺は二人を連れて洞窟を後にした。これまでの埋め合わせにと彼らを食事に誘い、夕食を共にした。
真珠さえ採集できれば俺は億万長者になる。そうすれば食事代など大した額ではない。そう思った俺は心の余裕から高級料理店に足を運び、代金をすべて支払った。その際に東の洞窟に向けてのインチキお祈りをレクチャーしておいた。
これで問題は解決した。
そう思った二日後の事だった。
古代神『ギョウザドン』を崇拝する新興宗教が王都内に伝播していた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます