第15話 獣耳少女

「お困りですかなー、勇者様」


 希少なアイテムを失くして放心している俺に、先ほど声をかけてきた獣耳少女が満面の笑みを浮かべながら話しかけてきた。頭上の耳はピコピコと陽気に動いている。


 だが今は彼女と無駄話をしている場合ではない。一刻も早くオールパールを探さなければ。


 たしか一度目の受付の時、特別寄付をしようとした時には、査定のためオールパールを提出しようとしていた。結局それをポケットから取り出すことはなかったが、その時点では確かに持っていたのだ。


 その後書類を書き、受付に行き、人だかりに埋もれて今に至るわけだが、その間に落としたのか、それとも盗まれたのか。何としても見つけ出さねば。


 なぜならステータス上昇のアイテムは非常に希少であり高額と聞くからだ。悪徳業者曰く、ステータスは1Pで約1000ルダーである。オールパールは全能力値1~3上昇するので平均で12上昇する。単純計算で12000ルダー。日本円にして約120万円。


 実際の価格は査定してみなければわからないが、返済の足しになることはたしかだ。なんせ120万円。それを失くして仕方ないと諦めきれるだろうか。簡単には諦められないだろう。


 とはいえ手がかりは何もない。俺は落としたという可能性を信じ、懸命に人々の足元を見渡す。


「おーい、話聞いてるー?」


 少女のブーツが視界を塞ぐように現れた。先ほどから延々と話しかけていたようだが、探し物に夢中になっていた俺に彼女の話は右から左へと流れるばかりだった。


「悪いけど探し物をしてるんだ。後にしてくれないか」


 俺は冷たくあしらうと再び地面に這いつくばり、賞金王のかかった大会でパターのラインを読むように真剣な表情で床に視線を送った。


「ほいっ」


 彼女はそう言うと俺の正面に屈んで、小さな両手で虹色に輝く真珠を差し出した。それは紛れもなく俺の120万円だった。驚きと安堵に手を震わせながらそれを受け取ろうとすると、彼女はその手を引っこめた。


「これ探してたんでしょー。何か言うことは?」


「あり……がとう?」


「お礼に」


「お礼に……?」


「パーティを」


「パーティを……?」


「組みま」


「組みま……?」


「……」


「……せん」


「はい没収ー!」


「ごめんなさいごめんなさい、もう一回だけチャンスを!!」


 彼女は終始笑いながらも、真剣な表情の演技をしている。


「じゃあいくよー」


「よし来い」


「お礼に」


「お礼に……」


「パーティを」


「パーティを……」


「一生」


「一生!?」


「組みま」


「組みま……」


「組みま」


「組みま……」


「……」


「……す」


「やったー!!」


 彼女は飛び跳ねて抱きついてきた。その勢いが予想以上に強かったので、俺はバランスを取ろうとグルグル回り、しまいには尻もちをついた。覆いかぶさる彼女を見上げるとそれはそれは嬉しそうな表情であった。


「よいしょっと」


 彼女は元気に立ち上がり、続けて俺も起き上がった。彼女はその手に握りしめていた真珠を手渡すと、広間の奥を指差した。そこには先ほど彼女と行動を共にしていたもう一人の獣人がいた。


 彼の足元にもう一人、男が倒れこんでいるのが見えた。その様子を見るに彼が男を倒したように思える。獣耳の少女は俺の視線を確認すると説明を始めた。


「あの人がスリの犯人。特別寄付ってあんまり大っぴらにするもんじゃないよ。ボクはお金持ってまーすって言ってるようなものだからね」


 なるほど。金目の物を持っている、と目をつけられていたのか。


「書類を書いてるときは君の正面に立って周りを警戒してたんだけどね。そのあとは人だかりになっちゃって守れなかったんだー」


「初対面だっていうのに随分親切じゃないか」


 疑っているわけではないが、特別思い入れもない男にそんな手間をかける人がいるだろうか。何か裏があるんじゃないかと勘繰ってしまう。


「君は知らないだろうけど、実は初対面でもないんだよねー。ドラゴン迎撃戦のときも凱旋パレードのときも、たまたま近くで見てたんだよ」


「俺が勇者だって知ってたってわけか」


「それで、あそこで伸びてる犯人の隣にいるのがボクの兄。イワンは鼻が良いからね。すぐ犯人がわかったんだ」


 青い髪の獣人がコチラに向かって手を挙げている。俺は少し離れた彼に向けて頭を下げた。アイテムを取り返してくれた張本人だ。


「あれー、ボクにはー?」


 悪戯っぽく頬を膨らませる彼女にもお礼を言わなければ。


「本当にありがとう。えっと……」


「ニコだよ。ニコ・バーネン」


「ありがとうニコ」


「気にすんなよー。ボクたちパーティなんだから」


 そういえばそんな話もありましたね。


 

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