第14話 特別寄付

「いつになったら報告するんじゃクレイン」


 マキナは呆れたように言葉を吐き出した。


 俺は再び東の洞窟へと来ていた。ここでマキナとの通信をすると数日前のことがありありと思い出される。ユーコンとの交渉を行った地下四階層のふたつ下の階層にある養殖場。そこに用があったのだ。


「これの報告は調査が終わってからするってことで」


 貴重な能力値上昇の超希少アイテム『オールパール』。それを生み出す特殊な貝を養殖する施設が隠し通路を通った先にあったのだ。ユーコン曰くこれを魔王軍強化のために利用するつもりだったとか。


 そこは洞窟の中でも一際神秘的で、人工的な池の青く輝く水面に、魔石からの特殊な光を当てている。これによって貝の短時間での成長を促し、安定的に真珠を作るようにしているという。予定ではあと2週間ほどで収穫の時期になる。


 俺はこの池の前で笑いが堪えられなかった。これは天よりの贈り物だ。すぐさま王都に報告してしまえばこれの所有権を奪われてしまっただろう。


 だが、そうはさせない。俺は現場の詳細な調査が必要であるとマキナを丸め込んでこの施設の報告を遅らせ、その間にオールパールを収穫してしまおうと考えた。もっとも俺の邪な考えは読心術を有するマキナには見透かされているだろうが、彼女が俺を咎めることは無かった。


 幸いにも捕虜となったユーコンは、その危険性からマキナの監視下に置かれたため、情報も我々経由して王城へと送られる。これで施設の情報が洩れることは無くなっただろう。


 では、なぜ俺がこの施設にこだわるのか。


 ――それはユーコンを捕獲した日の事。


 俺はユーコンから貰った収穫済みのオールパールを使用したところ、すべての能力値が3ずつ上昇した。さらにもう一つ使用するとさらに3ずつ上昇した。最後の一つを使おうとしたがこれ以上は使用できないようで何も起こらなかった。


 どうしたものかと思った俺は、これを借金の返済に使えないかと、悪徳業者もとい転生斡旋業者FGCフューチャーグロースカンパニー返済窓口に連絡した。通常窓口は受付時間が厳しいが、返済の受付においては比較的幅広い時間に連絡ができるようになっている。そこらへん抜かりない。


 通信を始めるとツーコールで応答した。若い男性の声だった。


「こちらFGC返済受付です」


「アイテムでの返済をしたいんだが」


「それなら街にあるギルドで特別寄付をなさってください。査定価格の80%が返済に充てられます」


 つまり残りの20%はギルドとFGCの懐へと入るわけか。なんて強欲なんだ。


「ところで金とステータスの交換レートはいくらなんだ?」


 これは大事な部分。もしも金の方が効率が良いならばレベルを上げるよりも商いに従事した方がよっぽど有意義である。


「変動することもありますが、基本的には約1000ルダーですね」


 ルダーとはこの国の通貨である。これまで生活してきた経験からイメージすると、地域によって物価は変わるため一概にはいえないが、1ルダーは百円ほどの価値だろうか。


 つまり概算で俺の借金は87億8200万円である。日本の国家予算が90兆円くらいだったはずなのでそれと比べればはした金である。それと比べれば……。


 俺は通信を終わるとその足でギルドへと向かった。初めて足を踏み入れるバカでかいこの建物には様々な種類の人が訪れており、普段であればその新鮮さに心を奪われるところだが、今日の俺は一味違う。


 巨大な武器を携えた屈強な男達も、可憐な衣服を身に纏った妖艶な女たちも、パーティの募集をしている獣人たちも昼間から酒を飲み陽気に歌う中年達も俺の歩みを止めるには値しなかった。


「特別寄付をしに来た」


 受付にそう告げるとギルド登録が必要だと言われ、必要書類への記入をすることとなった。適当な椅子に座りひたすらに空欄を埋めていく。後ろを通る人々がちらちらと覗き込んでいるのに気が付いた。


 その視線からは優秀な人物であれば仲間に引き入れようという思惑がひしひしと伝わってくるが、俺はいまパーティを組む予定はない。そんなことは後回しで特別寄付をするためにこの場所に来ているのだ。


 だから先ほどから正面で仁王立ちしている二人組も見えないふりをしている。


「いやー誰かパーティに入らないかなー。あと一人なんだけどなー」


「どこかに一人余っていないだろうか……」


 天真爛漫という言葉が似合いそうな少女と先端を布で覆った槍を持つクールな青年だった。彼らに言及するのであれば忘れてはならないものがある。それは頭の上に飛び出している猫のような耳である。彼らは所謂獣人というやつなのだろう。


「あっちの方に余ってたぞ」


 俺は適当に食堂の方を指差しておいた。書類も書き終わったので二人の間を抜けて受付の前まで行き職員に声をかけた。


 次は能力値の測定とやらをするらしい。早く特別寄付でオールパールの査定をしたいのだがいちいち面倒くさい。


「なんだこの数値は!」

「まさか勇者様じゃないか」

「ドラゴンから王都を守ったあの人!?」

「本当だ!勇者様だ!!」


 登録のために表示したステータスを見て観衆が湧きたっている。受付に興奮した人々が押し寄せ、もみくちゃにされてしまった。


 だがステータスへのこの反応も懐かしい。覚醒の刻に教会で神父にステータスを見せたときのあのリアクションだ。つい先日のことではあるが、思えば今日までの数日でいろいろな事があったな。


 人波から逃れ感慨にふけっていると、とある事に気が付いた。


 何気なくポケットに入れた左手がそのまま布地の底についたのだ。


「ない……!」


 オールパールがポケットにない。


 そういえばあのリアクションの後、俺はロクな目に合っていなかった。

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