第13話 敗北宣言

「殺してはならんぞクレイン」


 王都で通信しているマキナはこちらの様子を音声でしか認識していないはずだが、何かを察したのか俺に釘を刺した。


 命を軽んじたユーコンに憤りを感じたからと殺してしまうのはナンセンスだというのはわかっている。「命を大切にしない奴なんか大嫌いだ。死ね」と言っているようなものだからだ。


 だが同族をも簡単に手に掛けるこの男との生に対する価値観の違いは、ある種の恐怖を感じさせるもので、一生かかっても分かり合えないであろうこの男とは戦わなければならないと思ってしまったのだ。


「まあ待ってくれよ。君と戦うつもりはないんだ」


 ユーコンは飄々とした様子で俺を諫める。そんなことを言われたからといって俺は構えを解くことは無い。


「君は王都の方から来たんだろう。本当に戦う気は無いんだよ」


 この男なぜそれを知っている。先ほどは俺の発言を信じていた様子だったが、もしやあの時から俺が探偵でないことに気付いていたというのか。


「こんなナリをしているが私は頭脳派でね。戦闘は苦手なんだよ」


 たしかに上半身は筋骨隆々だが下半身は脆弱に見える。先ほどの攻撃も触手による遠隔攻撃だったしあながち嘘ではないのかもしれない。


「アソコの方は武闘派だがね!」


 腰を突き上げ話すユーコン。聞かなかったことにしておこう。


「なぜ俺の正体がわかった」


 俺の問いに対し意外にもユーコンは素直に答えだした。


「私の前に飛び出してきたときにそう感じただけさ。その後は君の説明に騙されたふりをして、君と彼らを争わせた。もし君が王都からの刺客だと知ったら彼らは逃げ出すかもしれないからね」


「なぜ彼らを殺した」


「君だって殺しただろ。成り行きだよ。仕方なかった」


「逃げようとしていただろ」


「逃げられたら困るじゃないか。君と同じさ。邪魔だから殺した」


「一緒にすんじゃねえよ」


「たしかに私の方が二人多かったね」


「そういう話じゃねえ」


「そうか、君の相手の方が強そうだったもんね」


 いちいち腹の立つやつだ。冷静な思考を心がけてはいるが、言葉の端々から怒りが漏れ出てしまう。コイツの考え方は俺の常識とどこかズレていて会話がうまくかみ合わない。


「さて、それじゃあ私は投降するよ。捕虜として丁重に扱ってくれたまえ」


「は……?」


 何を言っているんだコイツは。投稿するだと?魔王軍の幹部が?ろくに戦いもせず?それとも油断させておいて何かを狙っているのか……。


「だから言っただろ。君と戦う気はないのさ。さっきの戦闘本当に見事だったよ。感服した。あれじゃ君には到底敵いそうもない。降参だよ」


 両手をひらひらと上げるユーコンは至って変わらず飄々とした口調だった。


「それともお金を払えば本当に見逃してもらえるのかな」


 逃がすわけにはいかないが殺すわけにもいかない。貴重な情報源の生け捕りという難易度の高い任務において、投降するというこの男の提案は破格の条件と言っていい。だがこの男は信用できるのだろうか。


「ならば仕方ない。今回だけ特別に魔王軍の貴重な情報を教えようじゃないか」


 ユーコンは一度背後を向いたと思いきや、半身で振り返りながらウインクを決めた。正直おっさんの、しかも魔族のおっさんのウインクなどキツイものがある。


「この洞窟で私は何をしていたと思う?」


 ユーコンは口角をあげ、楽しげに話し出した。


「この洞窟のさらに地下には、特別な貝が養殖されているんだよ。その貝からとれる真珠『オールパール』には能力値を上げる効果がある。上昇量には限界があるがこれを魔王軍全体に使用したらどうなると思う」


 たとえわずかな上昇量だとしても、全ての者が使用すれば全体での上昇量は膨大になる。つまりここは、魔王軍の戦力の底上げの施設というわけか。


「なぜ俺に話した」


 あとからこの洞窟を捜索すればいずれは発見されるものだとしても、今それを話すメリットがこの男にあるのか。どうしても裏があるんじゃないかと警戒してしまう。


「だから言っただろ。私を信頼してほしいんだよ。捕虜として扱ってくれれば情報提供だってする。可能であれば良いポストにでも就きたいな。私はいつだって勝馬に乗るのさ」


 つまり保身のため。わかりやすくていいが、それ故に真意が隠れていないとは言い切れない。どうするべきか。


「どちらにせよ捕獲する予定なんじゃ。連れて来たらよい」


 タイミングを見計らったようにマキナからの通信が耳に届いた。


「この声は大魔導士様ですかな。相変わらずお美しい声だ」


「マキナ、知り合いか?」


「そんなわけないじゃろ。ワシが有名人なだけじゃ」


 冷めた返事をもらった所でユーコンの移送が決定した。魔族に意味は無いだろうが形だけでもと両手を縄で縛ろうとしたがユーコンはそれを拒否する。


「少しの辛抱なんだから拘束くらい我慢しろよ」


 根気強く説得するがなかなか首を縦には振らない。いくら自主的に投降したとはいえ相手は魔王軍の幹部である。戦闘になれば倒すことはできるかもしれないが、周囲に多少の被害は出てしまうだろう。少しでも可能性があるのならばそれを防ごうとするのは当然のこと。何としても拘束をしなくては……。


「ところでオールパールが数個余っているが、これ欲しいかい?」


 ユーコンは手錠も腰縄もつけることは無かった。

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