第12話 不倫現場
この世界に来てからしっかりとした戦闘はこれで二回目だ。一度目は王都海岸でのドラゴン迎撃戦。戦ったというよりはぶつかったという印象が強いが初陣としては十分な戦果をあげることができたと思う。
そしてこの洞窟での道中、雑兵を露払いしたのは大した労力でもなかったので割愛し、今回の戦闘に至る。相手は魔王軍幹部八界門のユーコンとその隣にいる2本の角を生やした女だ。
彼らは一つのベッドの上に、横になるとも腰掛けるとも言い難い中途半端な姿勢のままこちらを眺め呆気にとられている。俺の怒号と共に扉が開かれた部屋には合わせて三人がいるというのに異様な静けさに包まれていた。
初めに動いたのは悪魔のような特徴的な角を持つ女だった。ベッドのシーツを体に纏い、はだけた服を隠しながら小走りに俺の横を抜けて部屋の外へ出ようとする。
次に動いたのはユーコンだった。ベッドから落ちるように這いずった彼は、女の足を慌てて掴んで引っ張った。
「ま、待ってくれ!一人にするな!」
屈強な上半身を持つユーコンからの弱弱しいセリフが彼女に向けられたが、我先に逃げようとする女は聞く耳を持たない。
「助けてー!みんな助けてー!!」
彼女はそう叫んだが、ユーコン曰くここには誰もいないそうなので何の意味もない。そう思っていた矢先に向かいの部屋からゾロゾロとガラの悪い一本角の男たちが4人現れた。
「他人の女に手を出すなんて舐めた事してくれるじゃねえか」
「幹部様なら何しても許されると思ってんかコラ」
「このことをお前の嫁さんに知られたらどうなるかな」
「慰謝料払ってもらわないと収まりがつかないよな」
男たちは事前に言うことを決めていたのか、部屋の中を確認する前からユーコンと女性が不倫関係にあることへの批判を述べており、それどころか金銭の要求を始めたのだ。
これは所謂『
美人局とは、男女が共謀して行う恐喝または詐欺行為の一種である。 女性が男性を誘惑し、行為の最中または終わった後に女性の連れの男性が因縁をつけ、金銭を脅し取ることである。
なんということだろう。王都直属のちびっこ魔法使いに洞窟調査のおつかいを依頼されたと思ったら、魔王軍幹部の不倫現場に出くわし、さらにはそれが美人局で強請りを始めているではないか。俺の存在は場違いそのものだった。
それに部屋の入り口に立っていた俺は、正面にはユーコンと女、背後には4人の男といった具合に、完全に挟まれ不利な状態に陥った。完全に俺のミスだ。周囲の警戒を怠っていたために別の部屋の敵の存在に気が付かなかった。
「ところでテメーは誰だ」
男の一人が俺を指差し言った。ここで俺が勇者だとバレれば、不利な状況での戦闘を強いられてしまう。相手の実力がわからないまま戦闘をするのは得策ではない。怪しまれていない今ならまだ誤魔化せるかもしれない。
「私はユーコン様の奥様から依頼を受けて浮気調査をしておりました探偵です。奥様の信頼を裏切ったユーコン様に対し怒りがこみ上げてしまいまして……」
咄嗟に思いついたがこれはさすがに無理があるだろうか。
「頼む!妻にだけは言わないでくれ!」
バレては無さそうだ。
「黙っててほしけりゃ金払いな」
男たちは下卑た笑い声をあげユーコンに近づいていく。女は男たちの後ろに身を隠し安堵のため息をついた。完全にグルだと見て取れる。
「あんたも黙っててくれるよな!」
ユーコンが声を震わせ縋るような目つきでこちらに肯定を求める。これが魔王軍幹部の一人だなんて、組織の株を下げるだけなので安易な管理職の拡大は避けた方が賢明だと痛感した。
「あ、ああ。金さえもらえば黙っていようじゃないか」
ここでノーと答えれば、黙っている代わりに金を貰う集団と相反するため、口留めのために攻撃を受けるかもしれない。大人しく金を貰ってやり過ごそう。
「嘘よ!その男はユーコン様を殺すって言ってたもの!そんな奴が金を貰ったからって黙っているはずがないわ」
先ほどまで黙っていた女が口を挟んできた。面倒なことをしてくれる。
「だったら生かしておくわけにはいかねえな」
男の一人が背中に背負っていた大剣を鞘から引き抜き、片手で構えた。相当な重量がありそうな武器を軽々と扱うその姿は、やはり人間のそれとは大きく異なる種族の力が根底にあるのだろう。
「そんな奴やってしまえ!」
いつしかユーコンは一本角の男に声援を送り、俺を消すことを推奨していた。俺が嘘をついて彼の妻に報告をすると思ったのか、はたまた口止め料を一人分減らそうとしているのか。どちらにせよもの凄い変わり身の早さである。
「一振りで終わるな」
「だったら俺は三振りに賭けるぜ」
「おいおいそれはさすがに舐めすぎだろ。二振りだ」
横で見ている男たちは、大剣の男がどのくらい圧倒的に勝利するかの賭けを始めた。目の前の男はその様子を横目で見ながら笑っている。陰で見ていた女も余裕からか堂々と姿を現している。
「じゃあ行くぜえ!!」
男は右手で振り上げた大剣を振り下ろすのと同時に右足を前に出し一気に距離を詰めた。一見して踏ん張りが効かないように思えるが、大剣を片手で振り回す男は腕だけの力でも俺を両断する自信があったのだろう。
スピードとパワーを生かした攻撃に、それを完璧にこなす技術の高さがこの男にはあったのだ。それ故に魔王軍の幹部相手にも自信をもって脅迫行為に臨めたのだろう。
だがそこには誤算があった。相手が悪かったのだ。
大剣の男は攻撃の後、ピクリとも動かない。まわりの男らも口を開けたまま固まっていた。少しして男が大剣を握ったまま崩れ落ちた。その男には首から上がついていなかった。
「一振りで終わったな。それは賭けの商品だ」
男が切りかかる瞬間、俺は距離を詰め懐に潜り込んだ。右手で武器を振るう男の左手側を通り抜けながら左腕でラリアットを男の首にお見舞いすると、男の頭部は賭けをしていた三人のうちの一人の足元へと転がった。
いくら敵とはいえ、やはり人の形をしていると倒すのを躊躇ってしまう部分もある。今回は正当防衛だと必死に思い込んではいるが、罪悪感というか、得も言えぬ気持ち悪さが腕にこびりつく。
残った女は悲鳴をあげ、男達は黙ったまま後ずさりしている。
「おいおい、そんなもんかお前ら」
精一杯余裕の表情を作り、相手を挑発する。頼むからこれで退いてくれ。
すると彼らは、ヨタヨタとした足取りで背中を向けて逃げ出そうとした。ああ、良かった。
しかしその直後、黒い触手のようなものが彼らの背中を貫いて部屋中に鮮血が舞った。それは彼らを地面に叩きつけると執拗に体へ突き刺さり、何度も何度も緑の血液を撒き散らした。
「いやあ、助かったよ君!しっかりとお金は払うからこの事は秘密だよ」
ユーコンは背中から伸ばした黒の触手を体内へ格納しながら一連の出来事の隠匿を図っていた。強請られていたとはいえ、彼らは同じ魔族のはず。それをこうも簡単に殺して解決しようだなんて、俺は到底許すことができなかった。
「ユーコン、ぶっ殺してやる……!」
罪悪感は、もう無い。
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