第10話 勇者凱旋

 戦果をあげた英雄の帰還に大衆は大いに賑わっていた。力強く拳を突き上げる男や沿道で涙ぐむ老夫婦、羨望の眼差しを送る子供たちに黄色い歓声を上げる女性たち。中には昼間だというのに肩を組み、酒を酌み交わして騒いでいる輩もいる。


 それだけ今回の敵の襲来は危険なものだったのだろう。安堵と興奮が彼らを狂乱へと駆り立てるのだ。一方でドラゴン11体撃破という圧倒的な功績をあげた俺は、凱旋の馬車の上で機械のようにただ手を振っていた。そこには感情が全くと言っていいほどこもっていなかった。


 それもそのはず、俺は天高く舞い上がり国に仇なす凶悪生物をばっさばっさと切り伏せたわけではない。腹に爆弾詰め込まれた可哀そうなドラゴンちゃん達に猛スピードで体当たりして誤爆させて回っただけだ。その数11回。


 マキナの浮遊と固定の魔法の力で空中へと射出された俺は、爆発の衝撃を利用して次の目標へ次の目標へと連続して衝突していった。途中数回地面に叩きつけられたが、「休んでおる時間は無いぞ」との指揮官様のお言葉と共にすぐに鉄砲玉として飛ばされた


「防御力のおかげでケガはしてないけど痛いもんは痛いんだって!」


 俺は必死に作戦の再考を懇願したが、彼女の返答はノーだけだった。


「ドラゴンの質量を固定の魔法で受け止めるのは疲れるんじゃが、この方法なら人一人浮かせるだけで良いから楽なんじゃ」


「俺が楽じゃねえわ!」


「さっき何でもするっていったじゃろ」


 こうして名実ともに勇者として国民に広く知れ渡ることになったわけだが、俺の心身は疲れ切っていてそれどころではなかった。


「ドラゴンの秘宝はどうなりましたか!?」


 王城へ帰還するとルカ王女がいの一番に駆け寄ってきた。ボロボロの婚約者の心配より先にドラゴンの秘宝かよ。なんだか彼女の本心が透けて見えるようだ。


 だが俺も気になる。ほとんどのドラゴンは俺が空中で爆発四散させてしまったわけで、素材の剥ぎ取りなどができる状態ではなかった。とすると最初にマキナが捕まえたドラゴン一体に焦点が絞られるわけだが、あれはいったいどうなったのだろうか。


 その時、俺の背後から男が近づく。振り返り顔を見るとどこかで見たことがあるような気がした。この口髭とこの体形。


「ルカお嬢様。ドラゴンの睾丸は丁寧に下処理をして回収いたしました。ご夕食までには間に合うと思いますのでそれまでお待ちになってください」


 この男、炊事係だ。俺が初めに指揮官と勘違いした人物。それよりも、えっ?ドラゴンの睾丸?ドラゴンの秘宝って食材のこと?レアドロップとかじゃなくて?


「ドラゴンの睾丸、あるいはドラゴンの秘宝は一種の珍味じゃ。昔から美容効果があると言われておる」


 唐突に視界に現れたちびっこ魔女のマキナは、先ほどまでは被っていたフードをおろしており紫の頭髪が露わになっている。細くしなやかな髪の間からは尖った耳の先が飛び出しており、彼女がエルフと言われる種族なのだと推察できる。


 もしそうであれば、彼女の口調がやけに年老いているというのも納得がいく。エルフは長命な種族だと聞くからだ。すると心を読めるのもその種族独自のものなのだろうか。そのうち聞いてみよう。


「ルカはドラゴンとの戦闘になると必ず生け捕りにしろと命令するからの。今日はおぬしだけが来たから撃滅できて助かったわ」


「師匠、私がいなくても捕まえてくれたらいいじゃないですか!」


 なるほど彼女らは師匠と弟子という関係なのか。王都の危機だというのに好物のために捕獲しろとはなんとも身勝手な。いや、でもルカが来て捕獲の命令をするのであれば俺が鉄砲玉になることもなかったわけか……。


「どうしてルカは来てくれなかったんだ!」


「あなたが眠らせたんでしょうが!」


 そんなこともあったかもしれない。


「おぬしも十分に身勝手じゃの」


「楽したいからって俺をぶん投げる方が身勝手じゃないですかね」


 矛先が俺に向きだしたので急いで悪態をついて防御態勢に入る。


「あれが一番被害が少ないんじゃよ。凱旋のときに市民の笑顔を見たじゃろう。おぬしがあれを護ったんじゃ。誇りを持つがよい」

 

 そう。形はどうあれ、俺は初陣で武功をあげて民を護ったのだ。俺にできることを最大限こなしたという事実がそこにある。それだけで十分だ。


 借金が無ければの話だが。


 今回の収支を確認しておこう。まず返済しないといけない額はステータスにして87820ポイント。これは年内に返済しなければさらに20%の利息が付くので、それまでにできるだけ多く返済したい。


 具体的には14637P返済して残り73183Pになった状態で年末を迎えるとあら不思議、残りは87820Pになるわけです……。なんだこれ。


 そして今回の戦闘でレベルが4つ上昇して5になった。ステータスはどうなっただろうか。はじめてステータスを見たときはたどたどしかったこの動作も今は自然とできるようになった。教会でのあの時間がだいぶ前の事のように感じる。


レベル5

体力 :999(+36)

攻撃力:999(+36)

防御力:999(+36)

魔力 :999(+36)

抵抗力:999(+36)

早さ :999(+36)


 あらためて見ると壮観である。全六種の能力値が限界に達している。上昇したステータスがあふれる場合はストックされると悪徳業者に聞いていたが、このように括弧内に表示されるようだ。


 しかし能力値の上昇は1~9のランダムだと聞いていたが、これはどういうことだろうか。すべて毎回9ずつ上昇している。単に運が良かったのか、それともやはり俺が選ばれしものだったからか。


「カンストボーナスじゃな。これで返済も捗るの」


「勝手に人の思考を覗かないでくれませんかね」


 マキナが疑問に答えてくれたのは大変ありがたいが、思考中にいきなり話に入られると心臓が止まるかと思うほど驚いてしまうのでできればやめていただきたい。それに彼女には俺が債務者であるという秘密まで見透かされている点も恐ろしい。


 もし国民に借金がバレでもしたら勇者としての俺の立場が危ういものになる恐れがある。金のために裏切るんじゃないかとか、命よりも金を優先したとか。直接影響がなくとも貶めるための材料になることは確かだ。何とか口封じしないと。


「安心せい。ワシは口が堅いからの。おぬしがルカの胸元ばかり見ていることも秘密にしておく」


「約束ですからね!お願いしますよ!!」

 

「その代わりワシの下僕として仕事をしてもらうぞ」


「はい、喜んで!!」

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