第9話 迎撃作戦

 どんな場所にでもリーダーと呼ばれる者は存在する。会社内での立場を明確にして命令系統を働かせるためのプロジェクトリーダー。経験の浅いアルバイトの見本となりその技術や心持を伝えるバイトリーダー。


 本来同じ立場であるはずの学生同士であっても、クラス内のカーストやクラスの運営を円滑に進めるためにガキ大将や学級委員長、ムードメーカーなど様々な形や名前でそれらは存在している。


 もちろん異世界であっても人々が集まる限り、上に立つ者が現れるわけだが、自分より下だと認識した者からの命令は絶対に受けたくないという人種は少なからず存在する。


 思えば高校時代、いつも休み時間に一人で寝たふりをしていた下柳君が学級委員長に立候補したとき、他に誰もなりたい人がいないからという理由で当選した結果、クラスの運営が立ち行かなくなり、一年の任期を全うせずに更迭されたことがある。それだけ上に立つ者には人徳や能力が求められるということだ。


 ところで今この場には王国の兵士が大挙しているが彼らはこの場の指揮官がだれなのか知っているだろうか。少なくともこの場の十数名は認識しているであろうが、周囲に散っている多くの者は知らない、あるいは間違っていることだろう。


 俺もその一人であったが先ほど真相が判明した。ここの指揮官は俺の隣にいるちびっこである。


「誰がちびっこじゃ変態が」


 他人の心を勝手にのぞいている読心変態ロリっ子魔術師が本当の指揮官なのである。その隣にいる大男は、彼女のお目付け役兼指揮官代理というわけだ。


 誰もこんなのじゃロリを指揮官と信じるわけがないので代理を立てる必要があったのだ。しかしその実力は疑う余地もない。王都の沿岸から奇襲を仕掛けてきた魔王軍の軍勢に対しての防衛を任されているのがその証拠である。


 とはいえこのまま見ているだけでは勇者の名折れ。俺もここいらで実力というものを見せつけていこうじゃないか。


「ところでドラゴンってどこですか?」


「あれじゃ」


 彼女が指さす先には眩い太陽とそれを覆い隠さんとする浮雲との鬩ぎ合いしか見当たらない。こんな天気のいい日には仕事なんて忘れて外でのんびりしたいななんてこの前までは思ってたのになあ。


「全然わかんないんですけどどれですか?」


 改めてミニミニ指揮官ガールに尋ねるが変わらず空中を指差すばかりで埒が明かない。仕方なく俺は空を眺めたその時だった。青空に一筋の流れ星が瞬いた。


 一瞬の出来事。流星が輝きを放ちながらこちらへ近づいたと思いきや、燃えるような赤のそれは目の前へと落下したのだ。


 周囲に吹き荒れる熱風と巻き上がった砂ぼこりであたりが一瞬見えなくなった。何が起きたか理解したときには体が吹き飛んでいてもおかしくはないが、実際には俺の体は無傷であった。俺だけでない、他の兵士も同様だ。


 流星の落ちた先に視線を向けると、信じられない光景が広がっていた。流星が落ちたというのは間違いであった。にわかには信じがたいがそれはドラゴンであった。ドラゴンが地面までわずか数センチという所で宙に浮いて留まっている。


「これが件のドラゴンじゃ」


 事も無げに告げたのは魔女っ娘であった。


「いい加減に呼び方を統一せい。ワシの名はマキナじゃ」


「マキマキ、これは一体どういうこと?」


「事前に呼びかけておいたじゃろう。魔王軍の攻撃じゃ。高高度からのドラゴンの攻撃が来るから迎撃の準備をしておいたんじゃ」


 攻撃ってもっとこう、魔法とかブレスとかの遠距離攻撃だと思うじゃん。だれがファンタジー定番のドラゴン捕まえて高い所から落とすとかいう質量攻撃採用してんだよ。最高級黒毛和牛使ってハンバーグ作るくらい勿体ないだろ。いや、美味いけど。


 それにしてもどういう仕掛けなのだろうか。天高くから降ってきた肉の塊をすんでのところで浮かせている。これによって衝撃による被害がなかったわけだが、地面にぶつかっていたらどれほどの被害がでただろうか。


「感心している場合でないぞ。また次が来る」


 そう、報告ではドラゴンの群れとあった。これが他にも降ってくるとは恐ろしい。彼女一人の力でどうにかなるのだろうか。


「俺にも何か手伝えることは無いか」


 今できるのは彼女のサポートくらいだろう。先ほどまでは俺に任せろと自信満々ではあったが特別に策があったわけではない。せいぜい地上数十メートルくらいで飛んでいる群れを打ち落とすくらい何とかなるだろうと思っていたからだ。


 実際は雲の上から猛スピードでドラゴンが降ってくるのだから俺にはどうすることもできないだろう。


 それに彼女の話では地面にぶつかって衝撃が加わると、強制的に閉ざされたドラゴンの口からブレスが逆流して、腹の中に詰め込まれた爆薬に着火し大爆発を起こすというものらしい。ドラゴン可哀そうだろ、倫理観とか無いのか魔王軍は。


「おぬしの事は聞いておる。勿論おぬしの役割も考えておいた」


 なんと。俺が役に立つ作戦があるというのか、流石若き天才魔術師マキナ。実際の年齢は知らないけど。


「俺にできることがあるなら何でもする。その作戦を教えてくれ」


「いま、何でもするって言ったのう」


「え」


 彼女は両手を天へと掲げると、俺の足元には魔法陣のようなものが浮かび上がった。一抹の不安を抱え彼女の表情を確認すると、それはそれは楽しそうな顔をしていた。


「あの、これ、大丈夫なやつですか?」


「大丈夫、完璧な作戦じゃ。おぬしの防御力なら何とかなるはずじゃ。ウヒヒ」


 笑いが零れてしまっている様子を見るにまともな作戦じゃないのは確かだ。


「いいか、玉突きの要領じゃ。おぬしを射出するからドラゴンにぶつかったらその爆発を利用して次のドラゴンへとぶつかるのじゃ。サポートはワシに任せろ」


 反論を述べる間もなく俺は超音速の世界へと旅立った。


 王国軍にも倫理観とかは無いのかもしれない。

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