第8話 読心対策
「指揮官は君か」
颯爽と戦場に現れた俺は、見事な髭を蓄えた恰幅の良い男に声をかけた。
「よくぞここまで耐えてくれた。あとは私に任せるがいい」
勇者たるもの多くの人民を魅せる存在でなければならないと考えた俺は、それはそれは格好をつけることにした。とにかく俺は形から入るタイプであった。
大学時代、冬休みに一度スノーボードを体験したときにハマり、ボード・ブーツ・ウェア・ゴーグル・グローブ・帽子と一式購入したもののほとんど使う機会もなく、四年間で数回使用した後に引っ越しの邪魔にするまいと後輩に押し付けるようにプレゼントした。形から入るがすぐ飽きてやめてしまうのだ。
しかし今は状況がまるで違う。これからの人生では勇者という看板をずっと背負って生きていかなければならないのだ。飽きたからとやめるわけにはいかない、いうなればプロスノーボーダー。
これから勇者であり続けるためには、国民の信頼を得て、期待に応え、夢を与える。そういった存在になっていかなければならない。
端的に言えばカッコいいのが勇者である。勇者であるならばカッコよくなければならない。そのためには格好つけなければならない。という理論が俺の中で採択されたため、手始めにここの指揮官に恩着せがましく勇者アピールしてみせるのだ。
「私は炊事係ですが……指揮官は向こうの丘におります」
アピールは失敗に終わった。
「指揮官は君か。よくぞここまで耐えてくれた。あとは私に任せるがいい」
事前に指揮官は誰か周りの兵士に確認を取ってから指を差された銀色の鎧を身に纏った大男に話しかけた。
「……」
大男はばつの悪そうな顔をしてこちらを無言で見ている。はて、どこかで会ったことがあっただろうか。それとも俺に恋してしまったのだろうか。残念ながら俺が愛するのは美少女と綺麗なお姉さんと魅力的なマダムだけと決めている。
ごん。という鈍い音が響いた。それと同時に俺の脛に激痛が走る。予想外の場所からの攻撃に驚きを受けながら地面をのたうち回るその姿は、宙を舞うドラゴンというよりも地べたを這いずるトカゲの様であった。
痛みに応じて閉じた目を微かに開くと、そこには大男のものとは違う棒のような足があった。実際には足首より上はローブに覆われており見えてはいないのだが、筋骨隆々の成人男性を横に並べたそれはあまりにも頼りない細さと小ささであった。
「指揮官はワシじゃ」
先ほどまでは大男の陰に隠れて見えていなかった黒のローブに包まれた声の主は、大男の腰より少し高いくらいの位置から俺を見下ろしていた。ゴミを見るようなその目はパッチリとした二重で、怪訝そうな声は幼さを感じるものだった。それもそのはず彼女はどう見てもロリッk……
バコッ
「だれがロリじゃ」
声に出した覚えはないが、彼女は俺の話を聞いていたかのように手持ちの杖で地面に平伏す俺を叩いて窘めた。先ほどの脛への一撃も彼女のものだろう。大男を指揮官と勘違いした俺への報復としてはあまりに大人げないものだが、たしかにこの容姿なら仕方がない。なぜなら彼女は……
「ロリじゃないわい」
やはり俺の心を読んでいる。この世界には魔法はあるがまさか読心術まであるとは思わなかった。もしくは魔法で心を読む技術があるのか。どちらにせよ心を読む相手に対する対応策はすでに考えてある。
「なんじゃと」
俺は妄想する。朝、目が覚めると俺の横で彼女がピーをピーしている。俺のピーがピーして彼女のピーにピーした。俺は理性を失いピーをピーし、そのままピーでピーをピーする。彼女は目を閉じながらピーをピーしている。そして俺がピーするとさらにピーがピーになり彼女の吐息が漏れる。俺はたまらずピーするが、すぐにまたピーしてピーをピーしだし……
「うわあああああああああああ!!!!!!」
彼女が顔を覆いながら地面を転がりだしたので、俺は両手で服の汚れを払いながら立ち上がり、彼女を見下ろし声をあげた。
「俺はどんな相手だろうと決して負けはしない!」
「変態の妄想を見せつけただけじゃろうが!!」
必死に叫ぶ姿は可愛いもので俺にはなんの効力もない。一方彼女はそれでダメージを受けているのだから効果はあったわけで、文句を言われたってどうすることもできないのだ。恨むべくはその能力を持った己自身ということ。
「待てよ。俺の妄想だったとしてもそれを二人で共有したということは、いまの行為はもはや一つの現実として起きた事と言っても間違いではないのでは……」
「間違いじゃわい!誰がどう見ても間違いじゃわい!!」
「そう。あれは一夜の間違いだったんだ」
「そういう話をしてるんじゃないわい!」
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