第7話 脅威襲来

 俺は下手に出た。それはもう地面にめり込むほどに。俺は懇願した。それは離婚届を突き付けられた俺の親父のように。


 結果としてはありがたいことに、ほぼ対等の交換条件を結ぶことに成功した。てっきりがめつい性格をしていると思っていたが、どうやらそうでもないらしい。国民から慕われる王女の慈愛の精神は彼女の生来持つ一面なのだろう。


 条件というのは難しいものではない。彼女の負債の返済を手伝う代わりに、王女としての立場でのサポートをしてもらう、というもの。装備の補充や人員の確保、何より路銀が手に入る算段がついたのだから悪くない話だろう。


「ところで今の借金ってどれくらいなんだ」


 俺がそれを訪ねると彼女はふふんと鼻を鳴らし自慢げに答えた。


「詳しくはわからないけど、あなたの三分の一くらいね」


 詳しくはわからない?確かに俺も自分の負債額は相談窓口とのやり取りで知ったが、あまりにも大雑把ではないだろうか。それに覚醒の刻に負債に気が付いたとして三年が経過しているのにいまだに借金が残っていて、返済期限は大丈夫なのだろうか。疑問が尽きない。


「あなたには特別に教えてあげる。私の返済のテクニックをね!」


 嫌な予感しかしない。そんな俺の不安を他所に、彼女は嬉々として語っていたので渋々話を聞くことにした。


「普通だったら返済期限を気にして普段の生活に制限をかけたりするでしょう。しかし私は担当者から特別に素晴らしい方法を教えてもらったの。をれはね、月々に一定の額を返済するって方法なの。これを利用すれば返済期限にギリギリになって焦ることもないし、必要な額がすぐわかるから返済プランも立てやすいの!」


「ひとつ聞いていいですか……」


「何でも聞きなさい!」


「リボ払いって知ってる?」


「なにそれ?」


 俺の顔色はみるみる青ざめていった。


「俺たち、別れよっか」


 ――完―― 


「ちょっと待ちなさい!何が悪いっていうの!?」


「今どきリボ払い使ってるやつがヤバくない訳ないだろ!」


「でも賢い人はみんな使ってるって言ってたし……」


「それを聞いて納得するヤツはすでに賢くないだろ」


 そんなやり取りをしていた時、時刻を知らせるものとは明らかに異なる鐘の音が鳴った。部屋の前にいる兵士の一人が報告のために入室する許可を求めたので、俺たちは国に認められた勇者と、その婚約者である第四王女という役割を思い出した。


「何事ですか」


「報告いたします。東の海より魔王軍のものと思われるドラゴンの集団が接近。高高度からの攻撃を仕掛けるものと思われます。至急応援を求めるとのことです」


 長かった。何が長かったかというと、異世界ファンタジー要素が出てくるまでの時間である。確かにこれまで15年の生活の中では日常に魔術があふれ、それはそれは見事なファンタジーであったかもしれない。


 だがしかし、覚醒の刻を迎え、記憶が戻ってからというもの、家に帰る間もなく馬車に詰め込まれ王都に行き、ついたと思ったら会議に参加させられ、解放されたと思ったら牢にぶち込まれた。


 やっとファンタジーの住人と会話ができると思ったら、リボ払いで利息まみれの現代日本人。どうなってるんだこの世界は。俺も早くこの圧倒的ステータスを振り回し、俺TSUEEEをやりTEEEと思っていた矢先の敵の襲来。これはもうボクなんかやっちゃいますよ。


「すぐに向かいましょう」


兵士に応え、神妙な面持ちで扉へと向かう王女の前に立ちふさがり静止を促す。


「お待ちください王女。私にお任せください」


 そう、これは俺の初陣。カッコよく決めさせてもらおうじゃないか。


「いえ、結構です」


「へ?」


「先を急ぎましょう」


 兵士を伴って部屋を出ようとするルカを必死に静止する。


「待って待って。今回は俺に任せて。ね?ね?」


「勇者様こそお疲れでしょう。特別柔らかいベッドをご用意いたしますよ。ごゆっくりなさってください!」


 コイツ、報酬を独占する気だ。今月の借金返済のためにドラゴンを一人で片付けようとしている。そういえば俺のステータスを借りようとしてたし、もしかして今月ピンチなのでは……。


 そうだとすれば、ここは仕方ない。譲ってやろうじゃないか。別に俺も鬼じゃない。困っている人がいるなら助けてやるのが勇者ってものだ。これで徳が積めるというなら安いもの。ベッドの一つでも借りてやろうじゃないか。


「ドラゴンノヒホウ、ドラゴンノヒホウ、ドラゴンノヒホウ……」


 その時気が付いた。ルカは真剣な表情をしているかと思えば、口元が少しにやけている。そしてその口から小さく放たれる単語『ドラゴンの秘宝』。これ絶対レアドロップ独り占めしたいだけです。


「とうっ!」

「う゛」


 前言撤回。ルカには眠っていてもらおう。


「ルカ様!どうされたのですか!?」

「王女はお疲れのようだ。特別柔らかいベッドに寝かせてやってくれ」


 手刀で人間を気絶させるなんて初めての挑戦だが、やってみたら意外と何とかなるものだな。と感心しながら、廊下の兵士の動きを観察し、外へ向かおうとする兵士に案内を頼んだ。ついに俺は世界を護る真の勇者への第一歩を踏み出したのだ。


 先ほどの部屋からは、気絶したルカの容態を案ずる従者の声が聞こえる。いきなりすまないなルカ。だが責任はとるから安心してくれ。俺は必ず、お前とお前の愛するこの美しい国を守り抜いて見せる。


 そして『ドラゴンの秘宝』は全て頂く。

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