第6話 情報共有

「負債、あります?」


 先ほどまでの血色の良い顔色がみるみる青ざめていった。図星を指されてうろたえる彼女には、これまで漂っていた余裕のようなものを感じられない。


 ステータスを俺から借りるという彼女の思惑は、一見すると意味不明である。借りるということは後々返すのだろうか。何の目的で借りるのだろうか。そもそもステータスとは貸し借りできるものだろうか。疑問は尽きない。


 だが、その疑問に答えられる稀有な存在こそがまさしく俺だったのだ。なぜなら俺も王女からステータスを借りようと思っていたからだ。目的は無論、借金の返済。


 王女の魔法の腕は相当のものと聞く。大層な魔力をお持ちなのだろう。少しくらい返済に充てても問題ないのではないか。魔法を使うなら物理攻撃に影響を与える攻撃力のステータスも貰っていいだろう。兵士にその身を守らせるなら防御力の能力値もいらないよな。


 そう考えていた矢先の出来事に俺は困惑したが、自分よりも混乱している人間がその場にいたので、すぐに落ち着きを取り戻すことができた。


「な、何の冗談ですか?わたくしは第四王女ですわよ?オホホホホ!」


「すいません。キャラぶれてますよ」


 これはもう確定でいいだろう。彼女もまた負債を抱えている。となるともう一つ聞いておくべきことがある。


「あんたも転生してるのか?」


 聞く前から確信していたため、もう取り繕う必要は無いと判断し、堅苦しい言葉遣いをやめた。


「『あんたも』って、あなたまさか……」


「その『まさか』だ。意外といるんだな、転生者ってのは」


「そんな……じゃあ私は何のために婚約したの……」 


 おいおい。完全に資産目当ての婚約じゃないか。もしかしてとんでもない悪女なんじゃないかこの女。


「まだ勇者としての利用価値があるだろ。もしかしたら次期国王の座もあるかもしれないし」


 俺は必死に自分の価値をアピールする。こんなところで婚約破棄なんてされると返済計画がパーになる。それだけは阻止せねばなるまい。


「そうね。まだ使えるわ。とりあえずステータス600くらい寄越しなさい」


「何ふざけたこと言ってやがる!どうして俺がお前にポイントを渡さにゃならんのだ」


「しょうがないでしょ!借金返さないといけないんだから!」


「俺だって自分の借金で精一杯だわ!」


「なに、あんた借金あんの?うわー、ありえんわー。婚約破棄しようかな」


「お前、自分のこと棚に上げやがって!お前だって借金ある癖に他人に文句つけてんじゃねえ!」


「なによその言い方!私の方が3歳年上で、立場だって上なの!もっと敬意をもちなさい!」


「うるさい!向こうの世界では絶対俺の方が年上だからなアホ女!それに立場だって日本だと一緒だろ!」


「ぜーーったい私の方が年上に決まってる。私はハタチよ!お酒もタバコもいけるんだから!」


「そうか俺は25だ。ほら、年長者に敬意を示せ」


「うそ……。こんなにガキっぽいのに」


「誰がガキっぽいじゃコラ!それにお前絶対ハタチじゃないだろ。吸ってたタバコの銘柄言ってみろ!」


「そ、それは……メビウスゼロ?」


「それだとガンダムSEEDのMAモビルアーマーだ。じゃあ好きなカクテル言ってみろ」


「ば、馬刺しソーダ?」


 古い。さっきから回答が古い。馬刺しソーダとは、かつてホットペッパーのCMで登場した架空のカクテルだ。彼女の知識の乏しさからすると未成年だと言って間違いないが、回答の世代的には俺と同じくらいだ。これはどう判断すべきか。


「そんなことより、あんたは借金いくらあんのよ」


 そういえばそんな話をしていた。久々に前の世界の住人と話ができて舞い上がってしまったのかもしれない。気を引き締め直して、彼女を見つめた。


 改めて見た彼女は、整った顔立ちをしていた。窓から差し込む光が彼女の金髪へぶつかり、キラキラと輝きを放つ。長く伸びたまつ毛と青空を吸い込んだような大きな瞳が俺の視線を掴んで離さない。悪態をつく小さな口さえも可愛らしく思えた。


 確かに俺達には負債がある。それは大きな障害になるだろう。だがここで、こうして二人でいるという奇跡。同じ世界、同じ国から転生してきた俺たちの運命ならば、きっと乗り越えられるはずだ。一人では無理でも、二人ならきっと。


「俺の借金は87820Pだ」


「私たち、別れましょう」


 俺の顔色はみるみる青ざめていった。

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