第5話 返済講座

「返済方法はいくつか種類があります。まずはステータスをそのまま返す方法。現在の能力値から必要ない部分を返却するという一番オーソドックスな方法ですね。レベルアップした時に再び上昇するので多くの方が利用しています」


 薄暗い地下牢の中では、よくわかる負債返済講座が開かれていた。負債総額ステータスにして87820ポイントの俺は、これから気が遠くなるほどの返済生活を余儀なくされる。そんな状態にもかかわらず勇者に選ばれたため、己の借金だけでなく魔王軍とも戦わなければならないのだ。


「レベルアップってステータスいくつ上がるんですか!?」


 これは最も重要な点だ。異世界転生初心者の俺がどの程度レベルアップできるのかも疑問だが、一度に得られるステータスP次第ではまだ希望が持てる。


「レベル1毎にステータスがランダムで1~9P上昇します」


 少なすぎる。平均5Pで6種類なので計30P、レベル2900以上になる必要がある。こんなことでは利息が増え続けて破産確定だ。


「他の方法をお願いします」


「次は金品・物品で返済する方法。差し押さえとは違い自主的に行えます。ステータスPとの単純な比較はできないので換金率はこちらが提示したものに準拠します」


 希少なアイテムなどを返済に充てるシステムか。安く買い叩かれる可能性もあるがレベルアップの副産物で恩恵が得られるならば悪くない。


「そして他者に返済を肩代わりしてもらう方法。第三者の許可がある場合、その者を保証人として返済を助けることができます」


 連帯保証人は無理なのか。保証人には権利を行使して支払いを拒否するという選択肢があるが、連帯保証人ならば拒否権がないため強制的に支払いをさせることができた。つまりルカ王女にすべての借金を押し付けるのは不可能。


「ところで返済期限までに間に合わなかったらどうなるんだ」


 俺は返すつもりである。つもりではあるができなかった場合ね。最悪の場合を想定することって大事だから。あわよくばバックレようとか考えてないから。


 すると通信先の担当者が微かに含み笑いをして、一拍置いた後に続けた。


「返済期限に間に合わない場合は、まずは資産差し押さえ。それで足りなければ家族、友人、職場など、あらゆる場所から資産として勘定できるものは何でもいただく契約となっております。転生前後、どちらの世界も対象です」


 血の気が引いていくのがわかった。いくら悪徳業者とはいえ、所詮はファンタジーの世界の話だと高を括っていたかもしれない。転生した俺はあくまで人生終了後のエクストラステージ。どうなろうと関係ない、と。


 それは大きな間違いだった。俺の作った負債が、実家で暮らす両親に、学生時代の友人に、お世話になった上司に影響を及ぼすかもしれない。絶対にこの借金だけは返さなくてはならない。いくら理不尽な契約だろうと関係ない。死んでまで迷惑をかけるなんてまっぴらだ。


 あまりにも理不尽な契約内容が今になって明かされ、ひどく動揺している俺を尻目に、悪魔のようなその女は楽し気な口調でこう告げた。


「どうしても支払期限に間に合わなそうなときは……特別なお仕事を用意しますね」


 碌な仕事じゃないことだけは確かだ。その後もいくつかの質問を重ね、負債返済講座は幕を閉じた。終わり際に彼女は言った。


「通話料金と講座料金はあとから請求しときますね」

「金取るのかよ!?」


 どこまでも悪魔的な企業だった。

 

 それからしばらくして俺は牢を出された。相変わらず監視はついているが手錠などがあるわけでもなく、先導する兵士に続いて城の中を進んでいく。


 警備が一段と厳しくなってきたことに気づいた。それが意味するところは護衛が必要な人物が周辺にいるということだろう。大きな扉の前まで来たところで兵士は歩みを止め、入り口を護っているいるものと言葉を交わした。


 いくつかのやり取りを終えた後、俺は扉の先の部屋へ通された。そこには趣味の悪い煌びやかな椅子とシルバニアファミリーでしか見たことのないような円形のテーブルに高そうなティーセット。


 視線をさらに奥へ向けると、窓の外を眺める人影が映った。昨日俺を牢屋にぶち込んでくれやがった婚約者のルカ第四王女である。


「クレイン様、昨日は大変な苦労をおかけして申し訳ございません。ケガなどはありませんか?」


 よくもまあこんなセリフが言えたものだ。と言いたいところだが、借金を返済するために彼女を利用しない手はないので文句を垂れるのはやめておこう。


「お気になさらないでください、何か理由があったんでしょう。私はこの国のために力を尽くすと決めました。この程度のことでは挫けません!」


 よくもまあこんなセリフが言えたものだ。という言葉が丸々自分に返ってきた気がする。しかし使えるものは何でも使うと決めたのだ。立場だろうと婚約者だろうと関係ない。


「勇者として戦う決心をしたのですね。それでは父上……いえ、国王陛下に支援をいただきましょう。路銀と装備に消耗品、部屋と食事も!」


 これは見事なアメとムチ。牢獄で受刑者のように過ごした後に勇者の待遇を得られたら、戻りたくないと思うのが人の性だろう。


 だがそれよりも、路銀。これは素晴らしい響きだ。この世界にはまだ領収書という概念は無いだろう。であるならば、これを借金返済の足しにできる。それに防具や消耗品、戦闘で手に入れたドロップアイテムも返済に充てようじゃないか。


 国民の血税?知ったこっちゃない。なぜなら俺は世界を魔王の手から救い出す勇者なのだから!


「ところでクレイン様、あなたのステータスを私も見てみたいな、なんて……」


 かわいいヤツだなこいつめ!仕方ない、勇者の強さの片鱗をチョットばかし見せてやりますか。


 ルカ王女に対する昨日までの怒りは、金に目が眩んだ俺からは失われていた。婚約者である彼女は、いうなれば金づる、王家へのコネ。どちらにせよ大切な存在だ。


「うわあ、すごい!本当にステータスがマックスなんですね!」


 そうだろう凄かろう。恐れ戦け、崇め奉れ。勇者様のお通りだ!


「実はクレイン様にお願いがあるんですが……」


 なんだねなんだね、お嬢さん。これから夫妻になる間柄。遠慮なんてしなさんな。なんでも頼みを聞いてあげるよ。


「このステータスを……ちょっとだけ貸して貰えないかな?……なんて」


「ああ、なんだ!ステータスを貸すのね。ステータスを……貸す……」


 おや?


 おやおや?


 これはなんだか不穏な気配が漂ってきました。


 あなたもしかして……


「負債、あります?」

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