第3話 勇者拝命

 俺は今、恐らく人生で最大の試練に直面している。場所は過去の記憶を取り戻した儀式の間がある故郷『ノースター』から大きく離れ、王都『ダイトー』王城内の謁見の間。


 膝をつき、頭を垂れるその姿勢は一生しないものだと思っていた。正確には現在、二生目になるのだろうか。ともあれ、なれない態勢を続けているからか、周囲に立ち込める緊張感からか、首元だけでなく額からも脂汗が滲み出てきた。


 頭の上では何やらお偉いさん方が当の本人そっちのけで話を進めている。聞いたところで話の内容が右から左へ通り抜けていき全く理解できないのだから問題は無い。というか問題しかないがどうすることもできない。


「クレイン・ホワイトリーを我が国の勇者と認め、最大限の支援の下、魔王討伐の任務を課すこととする。異論は無いな」


「ありますぅ!異論ありますうぅぅ!!」


 宰相閣下に意見すれば首が飛ぶかもしれないが、このまま戦地に赴けば同じこと。なんとかして勇者の座を退く術を考えなければ。最低限スタート時期を引き延ばすことができないか。頭の中はそれでいっぱいだった。


「貴様の発言は許可されていない」


 勇者の肩身狭すぎない?異論どころか意見を述べることもできずに謁見は終わり、国王陛下とは言葉を交えてもいなかった。参加する必然性のない会議に出席することほど無駄な時間はない。社会人時代に思い知らされたことだが、こちらの世界でも同じだった。


「ワシの町から勇者が出るなんて鼻が高いわい」


 王城の通路をともに歩く神父は満足げな表情で口を開いた。お前のせいで大変なことになったじゃねえか。髭引き抜くぞクソジジイ。あとワシの町ってなんだ俺の家が治める領地だろ調子に乗るな。


 曲がりなりにも俺は貴族と呼ばれるものの一人である。とはいえこの国の北部にあるノースターという地域の、マンダムという小さな町を治めているだけの弱小貴族であり、決して大きな顔をできるわけではない。いうなれば村の大地主といった所か。


 将来は家を継ぎ、町を治め、ほんの少しの贅沢と穏やかな日々を過ごしていこうと考えていた矢先に大変なことに巻き込まれてしまった。


 これは偶然なのだろうか。いや、そんなはずは無い。転生の時に女神、あるいは窓口の担当者がと言っていた。つまり今の状況は、なるべくしてなったと考えられる。とすると一体なんのために…。


 疑問が尽きないまま歩き続け、広間へ差し掛かろうとしたところで背後からの声に呼び止められた。


「クレイン様!」


 その姿には見覚えがある。空を映したような青い瞳と月明かりのように輝く艶やかな金の髪。魔法の腕前はこの国でも有数の実力であり、数々の戦果をあげた「降雷王女」の異名を持つ。彼女こそ第四王女ルカである。


「私のことを覚えていらっしゃいますか?」


 心配そうな表情を浮かべながら、こちらの顔色を窺うように上目遣いで視線を向けてくる。忘れるはずもないだろう。彼女は3年ほど前に覚醒の刻を迎え、公務として各地への視察を行ったときに村へやってきたこともある。


「お久しぶりでございます、ルカ様…」


「それほどかしこまらなくても結構ですよ。あなたは婚約者なのですから」


 恐ろしい異名とは裏腹に可愛らしい笑顔だった。その笑顔は3年前と変わらず、思わず見とれてしまいそうになる。


 それは視察の日、彼女を初めて拝見した際に、俺は見つめられていることに気が付いた。視線が交わったときに彼女はこちらに笑いかけたのだ。


 それからは早かった。三日と経たずして婚約の話が進み、多くの者に祝福された。外堀から埋められている感覚だったが、王女との婚約を断る理由もない。一方で俺でなければならない理由もわからなかったが、その時はただ驚きと喜びで舞い上がっていた。


 今思えばこの婚約は、事前に俺のステータスの異常性に気が付いて、ツバつけておいたってことじゃないのか?国内視察の目的は優秀な人材を発掘するため…。そう考えると筋が通ってしまう。


 もしそうならば、降雷王女ルカは相当な悪女かもしれない。誰にでも分け隔てなく向けられる柔らかな笑顔は仮面で、その裏には恐ろしい思惑が隠されている可能性がある。ああ、やっぱりできるだけ早く逃げ出そう。もう誰も信頼できない。


「魔王の討伐だなんて危険な任務ですね。私は心配です」


「ルカ様……」


 両手を胸の前で組み、ドレスの首元を少し握るようにしている彼女は、まるで祈りを捧げているようだった。


 どうして俺は疑ったりしていたんだろう。彼女は身分に違いがあろうと自らの愛する者を愛し、多くの人の幸せを祈りどんな時でも笑顔を見せ続けていたんだ。それを仮面だなんて馬鹿馬鹿しい。人を愛し、命を慈しむ。彼女はまるで聖母だ。


「あなたが逃げ出さないか心配ですよ」


 彼女が冷たく言い放つと、広間から大勢の兵士が流れ込み、呆気にとられる俺を捕らえてそのまま地下牢へと連行していった。


 やっぱり彼女は悪女かもしれない。


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