第2話 覚醒の刻

 フューチャーグロースカンパニー(以下「甲」という)は、白鳥一弦しらとりいづる(以下「乙」という)に対しステータスを貸与し、乙はこれを借り受けた。


 それは唐突に頭の中に流れ込んでくる数々の記憶の中で、最も鮮明に浮かび上がった言葉だ。俺の名前は白鳥一弦である。その事すら今の今まで忘れていた。蘇る記憶と今日までの日々が交錯して、自分があやふやになるような感覚に陥る。


「ここは…」


 ぽつりと言葉がこぼれ出たとき、やっと現状が理解できた。荘厳な装飾にまみれた薄暗いこの場所は教会。15歳を迎えたものがこの世界で能力に目覚める場所である。それは覚醒の刻と呼ばれ、これからの在り方を運命づける重要な儀式で、俺はその当事者であった。


「どうだったかな、クレイン君」


 老いた神父が穏やかに問いかける。誰のことか判別するのに少し時間を要したが、「クレイン・ホワイトリー」は間違いなくこの世界の俺の名前である。つまりは異世界転生、フィクションのような出来事がいま現実に起きているのだ。


「問題ないよ、神父さん」


 生前より背丈は縮んでいるようで視界は普段より狭い。その一方で15年間この体で過ごした記憶がいつも通りだと叫んでいる。なるほどこういう感覚なのか。少し違和感が残るが影響が出るほどでは無さそうだ。


「それじゃあ、まずはステータスを見てみよう」


 神父に促されるままにステータスの表示を行う。こういった所は生前には無いので戸惑ったが、クレインの記憶が即座に行動を起こした。


「こうですか?」

「それだと自分だけが見れる状態じゃな。ワシにも見えるよう開示をしてほしい」


 起動したステータス画面が目の前に映し出されているが、今は自己閲覧状態のようで、開示するイメージをすれば切り替わるらしい。ただそれ以上に早く見たい。神父そっちのけで少しだけ眺めてしまおう。パッと見るだけ。すぐ終わる。学生時代の通知表だって親に見せる前に確認するでしょう。そんな感じだよ。


「なっ、んだコレは…」


レベル1

体力 :999

攻撃力:999

防御力:999

魔力 :999

抵抗力:999

早さ :999


 能力値がカンストしている。まさかそんな事があるのだろうか。そうか実際は四桁表記の上に奇跡的な確率で同じ数字が出たのか。その可能性はあるな。または特定の試験を受けないと四桁に到達できないとか。考えてみたら段々大丈夫な気がしてきた。何を心配しているんだ。異世界転生初めてか?緊張すんなよ。肩の力抜いてこうぜ。


「ワシも早く見たいぞー」


 いや、やっぱり見せちゃいけない気がする。そういえばさっきからもの凄く腹が痛い気がしてきた。頭痛が痛いしケツが二つに割れそうだ。これは今すぐ自宅に帰って休む必要がある。


「大丈夫。落ち着くんじゃ。ステータスを初めて見て戸惑うこともあるじゃろう。だが安心せい。これまで幾人もの若人を導いてきたワシじゃ。能力値の見方や不具合の有無、教えてやれることがあるかもしれん。恥ずかしがらずに見せてみよ」


「神父さん…」


 俺はその言葉に心を打たれた。一人で悩んでいても解決はしない。俺は幸せ者だ。今ここには多くの経験を積んだ知恵者がいて、親身に相談に乗ってくれるという。彼にならこの胸の不安を打ち明けてもいいじゃないか。きっと俺のことも導いてくれるだろう。


「開示します」


 目の前に光が放たれてスクリーンのように文字が映し出された。俺の心は苦しみから解き放たれたように軽くなっていた。


「どれどれ…」


 神父はステータスを眺めた。それはまるで子猫を見つめる親猫のように。あるいは恋文を読む少女のように。どころか獲物を睨みつけるライオンのように。ついには競馬に夢を託した勝負師のように。その目は大きく見開き血走っていた。


「これは国王様に支給報告しなければ!」


「おいコラ待てジジイィィィ!!」


 猛スピードで走り去る神父は俺の叫びに止まることも無く、儀式の間には俺だけポツンと立っていた。


 この後俺はどうなるんだ。次世代の勇者として担ぎ上げられ、逃げ出すこともかなわずに魔王軍との終わらない戦いへと身を投じることになるんじゃないか。そんな人生まっぴらだ。クレインとしてのこの15年間、こんなことになるとは想像もしていなかった。


 どうしてこうなった。思い返すとこの一説が頭に浮かんだ。


――甲は乙に対しステータスを貸与し、乙はこれを借り受けた――


「フューチャーグロースカンパニーッ!」


 それは転生するその瞬間、目の端に飛び込んできた胡散臭い転生斡旋業者の名前。俺が見た幻想かもとは考えたが、はっきりと覚えている契約文の文言と、昨日のことのように覚えている前世の記憶が現実のものだと告げている。


「コールセンターは無いのか!?」


 信じがたいことだが転生斡旋業などというふざけた職種が存在するとして、あくまで企業。どこかに連絡先があるはずだ。俺は目を皿のようにしてステータスを隅々まで眺める。こういう時、もしも悪質な業者ならどんな手を使っているか。


「あった…。あったぞ!!」


 それは誰も目にとめないであろうステータス画面の縁。遠目では小洒落たデザインとしか思わないような装飾部分に被せて、羽虫のごとく矮小な文字で書かれていた。


――御用の方はこの文字部分に触れながら弊社への交信を念じてください――


 どのようなテクノロジーがはわからないがここは剣と魔法の世界。念じるだけで繋がる特殊なシステムを確立していてもおかしくはない。この不可解な状況を理解するための唯一の手掛かりに、俺は迷わず触れて念じた。


(頼む、応えてくれ…!フューチャーグロースカンパニー!!)


 3秒ほどして俺の耳に、否、頭に直接音が響いてきた。


(ツー、ツー、ツー)


「はぁ!?」


 それはまさしく着信不可の合図であった。そんなはずは無いと2、3度試してみたが結果は変わらない。


 どうなってるんだ。ただでさえ不健全な表記の上に、唯一の手掛かりがまるで役に立たない。もしかしたらまだ何か見落としているんじゃ…。


 改めてステータスの端の文字を目を細めて注視する。するともう一回り小さな文字が書かれているのに気が付いた。


――営業時間 9:00~12:00 (土日祝 不可)――


「営業時間外ッ!」


 一般の社会人が連絡できない時間設定。やはりこの業者、悪質業者かもしれない。

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