第72話 ヒロインの叫び
国王は、レオンに深々と頭をさげたまま、深みのあるいい声で言った。
「この度は、多大な迷惑を掛けてしまい申し訳なかった。勿論、この
「さすがイシス国王、話が早くて助かる」
レオンは私を守るように私の肩に手を置くと、ふっと笑った。がしかし、相変わらずひとりだけ納得していない様子の者がいる。
「父上! 何故です! 何故他国の王子の話は聞いて、僕の話は聞いてくれないのです!」
すると、それまで声を荒げなかった国王が、アルフレッドに向かっていい声で怒鳴った。
「話を聞かないのは、お前の方だ!!」
「ちっ父上!?」
ビクッと反応したアルフレッドは、訳が分からないといった表情で国王の方にヨロヨロと近付く。国王はギロリと自身の息子を睨みつけると、半ば叫ぶように言った。
「アンジェリカの体調不良は、
「……え?」
アルフレッドが、呆然としながらアンジェリカを振り返る。アンジェリカは、ぐっと拳を握り締めると、アルフレッドに向かって
「お医者様も、私についている侍女にも口止めをしておりました。いつかは言わなければと思っておりましたが、まだナタ様とご婚約中であったアルフレッド様とこの様な関係になったことを世間に知られるのがどうしても……どうしても怖かったのです!」
そりゃそうだ。はっきり言って、不貞行為である。国としては知られたくないゴシップそのものだ。今はアンジェリカが婚約者となっているからまあ多少はマシだろうが、それにしたって国民の感情はどうしたって婚約破棄された私の方に同情してしまうに違いない。
「私は……っ私に優しくしていただいていたナタ様に一体どういった顔をして会えばいいのか分からず……っううううっ」
アンジェリカが、とうとう泣き出してしまった。この場合、アンジェリカは完全なる被害者である。よって、私はアンジェリカに対し何も思うところはない。これから頑張ってね、くらいである。
なので、優しい声を掛けるのだって楽勝だ。
「アンジェリカ、泣くとお腹の子に響いてしまいますよ」
私が微笑みながらアンジェリカにそう言うと、アンジェリカが私の方に駆け寄ってきた。走っちゃ駄目なんじゃないかと思い、私も慌てて駆け寄りアンジェリカを支える。お互い結構ガリガリなので、二人ともふらついてしまった。
「ナタ様、私、ナタ様にずっと謝らなければと思っていたのです!」
潤んだ瞳は、さすがヒロインだ。いかにも女子、という感じである。私にはない要素だが、ないものは仕方ない。その代わり、私にはマヨネーズがある。
「気にしないで、アンジェリカ」
私はにっこりとアンジェリカに笑いかけた。ふらふらしている私を、後ろから来たレオンが支える。
「それよりも、今はお腹の子を無事に生むことだけを考えて頂戴な」
「ああ、ナタ様……! 何という心の広さでしょう……! 私……私、ナタ様にお約束します! これからは母として、アルフレッド様の妻として、もっと強くなりますから!」
アンジェリカが、美しい涙を見せた。それを見て、私はいやいやいや、あの鼻毛にこんなことをされてもまだ傍にいないといけないアンジェリカの方が余程心が広い、と思ったが、勿論そんなことは口が裂けても言えない。
そして、背後に呆然とした表情で突っ立っているアルフレッドに向かって、言った。
「アルフレッド様、私は今までアルフレッド様のご意向に沿って、言いたいことがあっても黙っておりました。ですが……ですが、これからはひとりの王族として、言いたいことは言わせていただきますから!」
「ア、アンジェリカ……?」
気弱だったアンジェリカは、ひとりの人間の母になるという自覚からか、ただ守られるだけのヒロインから、自らを奮い立たせることが出来る人間へと変わりつつあった。
「金輪際、ナタ様にご迷惑をおかけしないで下さいませ!」
「は、はい!」
アルフレッドが直立不動になり、いい返事をした。
「それから! 私だって公務はこなしていきますから、何も出来ないとすぐに決めつけないで下さいまし!」
「わ、分かりましたあっ!」
体育会系のノリになってきたが、自己中王子にはこれくらいの方がいいのかもしれないな、と私は心の中で頷いた。
「そして!」
「はい!」
まだあるらしい。と、アンジェリカが、言い放った。
「その鼻毛、ちゃんと処理して下さい!」
アンジェリカのその言葉に、アルフレッドだけならず、なんと国王までパッと手を鼻に当てたではないか。言われてすぐに触るということは、もしやこの二人、鼻毛が出ている自覚があったのか? いやそんなまさか。
「分かりましたか!?」
「「わ、分かりましたあああっ!」」
アンジェリカの剣幕に、アルフレッドと国王が、ふたり揃って元気よく返答をした。
私は、感心しながらアンジェリカの背中を見つめた。さすがヒロイン、やる時はやるじゃないの。
私達が見ている前で、アルフレッドと国王がペコペコとアンジェリカに頭を下げている。そんな二人に、やれやれと言った顔をした父とホルガーが近寄って行くのが見えた。なんだかんだいって、自国の王と王太子だ。この二人は今後もこの人達とうまくやっていかねばならないので、どこかで妥協しなければならないのだろう。もう私はうんざりだったが。
ナッシュの方を見ると、ナッシュはニヤつきながら私達に背中を向けた。ん? どういうことだろうか? 私が後ろにいるレオンを振り返りつつ見上げると、レオンの青い
「もう、鉄格子越しはうんざりだ」
レオンはそう言うと。
私の唇に、長いこと唇を重ねる。もう三度目だ。だけどやっぱり慣れない私は、目を閉じることも出来ずにレオンの長いまつげをひたすら見つめるしか出来なかった。
そしてそんな口づけの後、レオンは言った。
「ナタ、早くサインをしてくれ。不安で仕方ないんだ」
本当に不安そうな表情のレオンのその言葉に、私は思わず破顔したのだった。
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