第33話 レオンの誓い

 レオンは、多分直接王様ともアルフレッドとも対面してるのではないか。


 私が疑いの目でレオンを見ていると、またナッシュが会話に割り込んできた。


「なんだ、レオン様! まだナタ様にお話ししてなかったんですかー? 言いにくいんだったら、僕から話を――」

「お前は余計なことは言うな! お前がしゃべると話がややこしくなる!」


 それについては、私も大してナッシュのことは知らないが、大いに納得出来た。口は災いの元ということわざを地で行く男だ。しかも、本人はそれを悪いとも思っていないふしがある。


 レオンが、私の両肩をガシッと掴んだ。


「ナタ!」

「は、はいっ」


 レオンの目は真剣そのものだ。私は思わずごくりとつばを呑み込む。


「いずれ、ちゃんと話すから」

「そ、そうなの?」


 レオンはこくりと頷いた。


「お前との距離が段々近付いてきてたから、俺もいい加減言おうと思ってたんだ。だけど、言ったことで離れていかれると嫌だなと思って、つい先延さきのばしにしていた」


 離れていかれるのが嫌。人恋しいレオンらしい発言だ。レオンが、はにかむ様に笑った。


「だから、そうだな……。マヨネーズが完成したら、その時に全部話す。その時は、ちゃんと聞いてくれるか?」


 何だろう。犯罪歴でもあるのだろうか。でも、レオンはいい奴だ。愛想はないが、咄嗟とっさに人助けをしてしまう程度にはお人好しなのだから。


 だから、私は訳が分からないまま、頷いた。


「き、聞きます」

「はは、よかった」


 最高に男前な笑顔を惜しげもなくみせたレオンは、表情を引き締めると、ナッシュを振り返る。


「ナッシュ、王国騎士団の件は、引き続き調査を頼む」

「了解ですー。あ、ナタ様?」

「なに?」


 ナッシュがヘラヘラしながら言った。


「僕、基本的にレオン様に付いてないといけないんで、ナタ様とホルガー様の行き来の時はついていけないんですよ」

「はあ」


 話が見えない。私が気の抜けた返事をすると、ナッシュがレオンを親指でくいっと差した。自分の主人を、親指で。


「だから、レオン様も往復させてくれたら皆まとめて警護出来るんで! どうもあのホルガー様って、気配に疎いみたいだから、あの人だけだと危ないかもって、あははっ」


 言い方はあれだが、ナッシュはホルガーのこともしっかりと把握しているらしい。確かにホルガーは、少し気配にうといところがある。育ちの良さの所為か、元々の資質か。


 私がレオンを見ると、レオンが少し嫌そうに言った。


「……まあ、こいつの腕は、そこそこ立つ。同時に腹も立つが」

「そうなのね……」


 腹が立つという部分には、素直に同意した。


「だからまあ、こいつの提案自体は正しい」


 だが、警護される対象の人を、自分の警護の為に使ってもいいものなのか? 本末転倒な気がしてならないのだが。


「それに、俺もその方が安心出来るから、今日からそうする」

「あ、そ、そう?」


 後ろでは、ナッシュがにやにやしている。こいつ、自分の主人をなんて顔して見てるんだ。


「奴らの目的が何であろうと、ナタには指一本触れさせない。安心しろ」


 キッパリと言い切ったレオンの曇りのない眼差しを、真正面から見てしまった私は。


「はい……」


 柄にもなく照れてしまい、そう小さく答えることしか出来なかった。



 レオンと外出している間は、ナッシュが陰から護衛してくれている。ナッシュがどれだけ強いのかは知らないが、悪党どもをあっさりと撃退してしまったレオンが認める位だ、相当腕は立つのだろう。


 ナッシュが細い通路から通りへと消えていくと、レオンは私を見下ろして、手を差し出した。


「ナタ、手を」


 正直、鼻血が出そうな位照れ臭い。だけど、どうやら私が王国騎士団に周りを彷徨うろつかれている状況からかんがみると、レオンと手を繋ぐのは自身の身の安全を確保する為にも必要な行為だろう。


 ということで、おずおずとではあるが、私はレオンに手を差し出した。それをうやうやしく手に取ると、何とレオンは私の手をレオンの口元に引き寄せ、口づけをしたではないか。


「えっ……」

「必ずや、ナタを守ると誓おう」


 そして、レオンはふい、と私に背を向けると、再び私を引っ張り始めた。


 耳を真っ赤に染めながら。


 その後ろ姿を見た私は、ここは一旦冷静になるべきだ、と思った。


 まずは状況整理だ。レオンの私に対する態度は、ちょっとおかしい気がする。だが、こいつが元々女にはこういう態度を取るタイプの人間だとしたら。それか、令嬢は守るべきものだと叩き込まれているなら、まあ紳士のとるべき対応としては間違ってはいない。


 見知らぬ私を助けてしまった、何だかんだいってお人好しなレオンのことだ。尾行をされている令嬢がいたら、それが誰であろうと助けようと思ってしまうに違いない。


 私はレオンに手を引かれながら、その可能性はかなり高いのではないか、とうんうん頷いた。


 さっきの、近づいて来た顔の意味は、あれはきっと深い意味はない。きっと、私の顔に何かついていただけだ。


 だって、色気も胸もない、しかも王太子にガッツリ婚約破棄をおおやけの場で言い渡された、駄目令嬢の烙印らくいんを押されたも同然の私だ。恋愛対象になんてなる訳もないし、それに政治的利用価値だって無に帰したに近しい。


 公爵家という名柄以外に、私には何の価値もない、とアルフレッドがいつも私に繰り返し、釘を刺す様に言っていた。だから知ってる。分かっている。価値のない人間に、他人から好かれる要素なんて何もないのだと。


 ホルガーは、私の従兄弟だから同情しているだけだし、現に私には他に友人は一人とていないのだから。


 だから。


 私は、レオンの背中を見つめた。


 だから、これはマヨネーズが繋いでいる縁なだけなのだ。マヨネーズと、あとは餌付けと。


 そこにマヨネーズと美味しいご飯があれば、例え今手を引かれているのが私以外の人間だって、きっとレオンは構わないに違いないのだから。だから、好意を持たれているなどと勘違いしてはならない。


 私は、時折こちらをチラチラと見るレオンの目を、見えそうになる度に探し、とらえる。


 価値のない人間には、あの瞳に映される権利もないのだろうか。


 私には、分からなかった。

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