第27話 玉子スープ

 玉ねぎをスライスし、ベーコンを5ミリ角に切ったものを投入しじっくりぐつぐつ煮た上で、溶き卵を回し入れる。そこに塩コショウ、更に水溶き片栗粉を入れて、簡単とろーり玉子スープの出来上がりだ。二日酔いなら、まずはこれくらいから始めて、水分を十分取らせたら、きっと酔いもめやすいんじゃないか。そう思ってのチョイスだった。


 私は出来上がったスープを木の器に入れ、スプーンと一緒にトレイの上に乗せた。ホルガーは私が調理している間、ずっと目を輝かせて後ろで見学していたので、ホルガー用にもテーブルの上に用意したら、もう今は半泣きで食べている。毎度毎度、大袈裟おおげさな奴だ。


 私はそんなホルガーの様子を見てくすっと笑ってから、トレイを持ってホルガーに言った。


「たっぷりあるから、おかわりしていいわよ。私はこれをレオンに届けて、せいぜい恩を売ってくるから」

「俺だけ先に食べてて悪いなあ。ああ、でも本当に美味しくて溶けそうだ」


 ホルガーが、はふはふ言いながら目を細めて言った。片栗粉入りなので、冷めるには時間がかかる。先程のホルガーの言葉とか態度は、正直どう反応するのが正解か分からなかったので、ホルガーには悪いが時間稼ぎだ。


 まさかな、とは思うが、それで変に意識するのも嫌だ。間にレオンがいればあんな雰囲気にはならないだろうから、レオンには早く復活してもらわねばならなかった。


「レオン? 生きてる?」


 開けっ放しの寝室のドアを軽くノックし、私はほぼベッドだけの部屋に入っていった。ウォークインクローゼットと思われる扉が少し開いていて、ベッドの足元には服がぐちゃぐちゃに丸められている。肝心のレオンはというと、それなりに広いベッドの真ん中でダンゴムシの様に丸まっていた。余程具合が悪いらしい。


「レオン、玉子スープを作ったわよ。ホルガーが泣いて喜んでたから、美味しい筈よ」

「食う……」


 青白い顔を上げて、のそのそとレオンが身体を起こす。余程頭が痛むのか、時折こめかみを押さえて「うっ」とか言っている。まあ正直迷惑だが、泡立て器の所有者だから仕方ない。


 私がトレイごとサイドテーブルに置くと、だらっと壁にもたれかかったレオンが、口をぱかっと開けた。


「ここに放り込んでくれ……動けん」


 そして、阿呆なお願いをしてきた。私は、絶対零度ぜったいれいどの声色で返す。


「はい?」


 だがレオンはめげなかった。そのパワーを、手を動かすことに使ってはもらえないだろうか。


「手を動かすのも億劫おっくうなんだ……」

「……熱いまま放り込んでいいならいいわよ」


 すると、レオンがれぼったいまぶたで、恨めしそうに私を見た。じーっと。つややかな青い瞳が、微動だにしない。いや頼む、どこか他を向いてくれ。そう見つめられると、いくら私といえどきついものがある。


「ナタ……俺は優しさにえている」


 更に何かを言い始めた。これはあれだ、ちょっと具合が悪くなると、途端に大袈裟に弱った感じになる男性特有のあれに違いない。


 前世で勤めていたあのブラック企業にも、いた。36.8度の体温で、微熱だ微熱だ具合が悪いと可愛い同僚の周りを彷徨うろつく男が。いや本気で風邪なら近付いちゃ駄目だろうと思ったものだが、すでにビッグサイズになっていた私には正直関係がなかったので、あえて傍観ぼうかんしていた記憶しかない。


 見た目云々うんぬんもそうだが、あの体型は生活習慣病になりやすいリスクがある以上、今世では太らないでいたい。でもなんだかな、見た目が全てか? ともやるこの複雑な乙女心は、きっと目の前のこのイケメンには一生分かるまい。


 来世は、どうせだったらイケメンに生まれたい。そして無双するのだ。后教育なんていう地獄の特訓にこれまでの人生をほぼついやしてきた私にしてみれば、太っていても好きにマヨネーズを食べられる生活の方がよかった様に思うが、あれだって結局は若くして死んでしまったから、ろくな人生ではない。


 思わず、愚痴ぐちが出た。


「イケメンはいいわね、そうやって甘えてりゃ周りがちやほやしてくれるんだから」

「イケメンって俺のことか?」


 レオンの目が、ようやく動いた。


「他に誰がいるのよ」

「俺はいい男か?」

「見た目はね」


 私は正直に答えた。すると、レオンが苦笑する。


「見た目、ねえ。何かやさぐれてるみたいだが、安心しろ、ナタだっていい女だぞ」

「そりゃどうも」


 そうやって、一体何人の女をだましてきたんだか。私は呆れ返りながら適当に返事をした。すると。


「嘘は言っていない。お前は一緒にいると退屈しないからな、お前の中身は俺はいいと思ってるぞ。他の奴はどう思うか知らんが」

「え……」


 外見は目一杯みがいてきた。それこそ、金に物を言わせて。だけど、中身についてなんかこれまで誰一人として言及しなかった。


 中身がいいなんて、言われたことは前世でも今世でも初めてだ。私は、レオンの言葉に心底驚いていた。私がどう返していいか分からず固まっていると。


「だから、今は食わせてくれ」


 レオンはそう言うと、また口をあーんと開けた。


 馬鹿な男だ。私を褒めたって何にもならないのに。


「ぷ……っふふっあはははは!」

「はは、笑ったな」


 レオンはそう言って自分も笑うと、いてて、とこめかみを押さえた。今回は私の負けだ。変わり者の公爵令嬢ナタを笑わせるなんて、この男も十分変わってる。


 私はスプーンにスープをすくった。


「今回だけだからね?」

「まあ、今はそれでいい」


 ふう、ふう、とスープの熱を冷ますと、レオンの口元にスプーンを寄せた私だった。

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