第11話 レオンは不器用

 レオンの観察を続けた結果、どうもレオンは固まってしまっている様に見える。いわゆる思考停止ってやつだ。


 もしや、と思って、私はレオンに声を掛けた。


「レオン、もしかしてエプロンをどう着ていいか、分かってない?」

「ああ」


 即答だった。私が着てみせているのに分からないのか。


 すると、ホルガーが私に向かってにこやかに言った。


「ナタ、俺は分かったぞ。見ててくれ」


 ホルガーは、エプロンの首の部分に頭を通し、エプロンの前身頃をピッと引っ張った。腰の紐を持つと、私に笑いかける。


「ナタ、後ろを結んでくれないか?」

「蝶々結びも出来ないの? 仕方ないわねえ」


 私はホルガーの手から紐を受け取ると、ホルガーの腰にまずはきゅっとひと結び。うん、我が従兄弟ながらいい背中をしている。お尻がきゅっと上がっているのも高ポイントだ。眼福眼福。


 私はそのまま蝶々結びにすると、ポン、とホルガーの背中を叩いた。


「はい、出来上がり!」

「ありがとう、ナタ」


 基本、ホルガーは素直だ。それに優しい。私が何をしようが、大体隣でにこにこと見守ってくれているのがホルガースタイルである。これまでホルガーが隣にいなかったら、私はあの窮屈な王太子妃候補としての生活には耐えられていなかったかもしれない。


 簡単に言えば、ストレスが溜まった時の私のストレス発散に付き合ってくれた、非常に有り難い存在なのだ。


 もう王太子妃候補ではなくなってしまったのに、それでもこうやって私の趣味に付き合ってくれている。本当にいい奴だ。私はうんうんと頷くと、ホルガーが不思議そうに私を見て、微笑んだ。私の従兄弟という難儀な立場に生まれ、つくづく憐れな奴だが、この際精一杯その腕力を利用させてもらうつもりだった。


「じゃあ手を洗ってきてね」

「分かった」


 ホルガーは素直に頷くと、水汲みをしに裏手にある井戸に向かって行った。


「――さてと」


 私がレオンの方を見ると、レオンの頭に、エプロンの首のところの輪っかが引っかかっていた。紐を引っ張り過ぎたらしく、どう考えても頭が通る大きさではないのに、それを一所懸命被ろうとしているところだ。


 やはりこいつは不器用らしい。


「ほら、ちょっと貸して」


 私がレオンの頭に手を伸ばすと、レオンが屈んで頭を向けた。こいつも案外素直な奴なのかもしれない。


「これがどうなってんだか、さっぱり分からん」

「引っ張り過ぎなのよ。中で繋がってるんだから、ここを引っ張り出せば」


 私が首の部分の紐をレオンの頭の上で引っ張っていると、レオンがふいに頭を上げた。油絵の具で塗った様な艷やかな青い瞳が、エプロンの隙間から私を見る。


「お前、案外面倒見がいいんだな」

「案外ってなによ」


 私は輪っかを更に引っ張って、ぐいぐい、とエプロンを首元まで降ろした。首がきつそうなので、今度はエプロンの腰の部分を持って紐の長さを調整する。再度首元を整えて改めてレオンを見上げると、思ったよりも顔の距離が近い。私は思わずごくりと唾を呑み込んでしまった。


 元婚約者であるアルフレッドとは、子供の頃こそ距離は近かったが、ティーンエイジャーになってからはエスコートとダンスの時以外は接触は一切なかったし、こんな至近距離になったこともない。私達の間にあったのは義務だけで、恋愛感情など互いに一切なかったからだ。


 唯一男で距離が近かったのはホルガーだったが、あれはまあ従兄弟だ。この世界でも従兄弟同士なら結婚が出来るが、多分奴にはそんな気は全くないだろうし、私もそもそももう誰かと結婚する気などない。


 少なくとも、この国の中では当分私を娶ろうなんて酔狂な男は現れないだろうし、ほとぼりが冷めた頃には、私は結婚適齢期を過ぎているだろう。となると、どうしても結婚したければ、チョイスは後妻か、あとは国外に相手を見つけるか、だ。正直、そこまでして結婚したいとは思えなかった。特に、婚約破棄をああも大っぴらにされた直後では。


 どうしても人恋しくなったら、その時はいいなと思った人と野合でもすればいい。もう、家と家との繋がりなどうんざりだった。


 すると、レオンが、じっと私の目を見つめ始めた。

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